叫び声に刻まれたもの
そこはまるでふるさとの寺を思わせるような、素朴な佇まいの寺だった。
秀一郎の運転する車に乗って、私は楓と聖も伴いそこを訪れていた。小雨がぱらついて、門脇に実る小紫式部の発色の良い実に露を含ませていた。
自ら出迎えてくれた住職は、中年からそれを越したあたりと思しき年齢の風体で、穏やかな物腰だった。進む廊下がぎしぎしと鳴る。黒光りした艶が、この寺の歴史と、如何に大事にされてきたかを窺わせる。
「母さん。お話したお客さんです。お連れしました。開けますよ」
廊下から縁側まで進んだところで、真っ白な障子の内側に住職が声を掛ける。
障子を開けた丁度その時、雲間から出た太陽の柱がそこかしこに射し、それは私たちの足元にまで及んだ。
六畳半程の部屋は余計な物がなくすっきりとして、掃除が行き届いていた。
中央に敷かれた布団に、浴衣を着て半身を起こした老婦人が一人。痩せたその肩に、住職が上着を羽織らせる。
老婦人はぼう、とした眼差しで私たちを捉え、両手に小さな菩薩像を抱いていた。「音ノ瀬一族の方たちです。その、菩薩像をご覧になりたいと」
偶然にもこの寺と音ノ瀬一族とは遠縁だった。
だからこそ、今回の訪問も叶ったのである。
老婦人は、ああ、とも、うん、ともつかない声を薄く開いた唇から発すると、私と楓を濁りのない目でじっと見た。
「親子なの?」
「はい」
「そう……。そうなのね」
老婦人は自分を落ち着かせるように菩薩像を忙しなく撫でた。
「まだ一歳にもならなかったのよ」
「……はい」
「死んでしまった」
「はい……」
死んでしまったという声には、洞にも似た深い嘆きがあり、私の胸は苦しく痛んだ。
「手放してはいけない」
不意に切り込むように彼女が声を上げる。
「お嬢さん。その娘さんの手を放してはいけない。そうでないと、そうでないときっと後悔するから」
昂る声は、そのまま老婦人の感情の波を表していた。
「母さん。大丈夫。大丈夫ですよ。あの子は今もほら、ここにいます」
「ええ、そう、そうね、……疲れたわ」
「はい。音ノ瀬さん。すみませんが、そろそろ」
「はい」
その後、寺の奥の座敷で、私たちは茶をもてなされた。湯呑みの横には丸い最中が添えられている。
「母が私の妹を、湯に浸からせている時でした。まだ石鹸が残ったままの手で妹を抱き上げた母は、妹を湯の中に取り落としてしまったのです。お湯自体は良かったのですが、その際に頭部を打った妹はそのまま……。母は、今でも自分を責めています」
「童子のように愛らしい菩薩様でしたね」
「父が、蔵から見つけ出して来たのです。憔悴した母に、あの子はここにいるよと言い聞かせました」
住職の声は丸みを帯びていた。川の流れによって研磨された石のような声だ。静かに語る声とは裏腹に、この人の、そしてご両親の歩んで来た苦難の人生を垣間見たと私は思った。
九藤はまだ親も子も亡くしたことがありません。
ですがその悲嘆はいかばかりかと思う時はあります。




