表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
続・宝珠争奪編 第二章
366/817

叫び声に刻まれたもの

 そこはまるでふるさとの寺を思わせるような、素朴な佇まいの寺だった。

 秀一郎の運転する車に乗って、私は楓と聖も伴いそこを訪れていた。小雨がぱらついて、門脇に実る小紫式部の発色の良い実に露を含ませていた。

 自ら出迎えてくれた住職は、中年からそれを越したあたりと思しき年齢の風体で、穏やかな物腰だった。進む廊下がぎしぎしと鳴る。黒光りした艶が、この寺の歴史と、如何に大事にされてきたかを窺わせる。

「母さん。お話したお客さんです。お連れしました。開けますよ」

 廊下から縁側まで進んだところで、真っ白な障子の内側に住職が声を掛ける。

 障子を開けた丁度その時、雲間から出た太陽の柱がそこかしこに射し、それは私たちの足元にまで及んだ。

 六畳半程の部屋は余計な物がなくすっきりとして、掃除が行き届いていた。

 中央に敷かれた布団に、浴衣を着て半身を起こした老婦人が一人。痩せたその肩に、住職が上着を羽織らせる。

 老婦人はぼう、とした眼差しで私たちを捉え、両手に小さな菩薩像を抱いていた。「音ノ瀬一族の方たちです。その、菩薩像をご覧になりたいと」

 偶然にもこの寺と音ノ瀬一族とは遠縁だった。

 だからこそ、今回の訪問も叶ったのである。

 老婦人は、ああ、とも、うん、ともつかない声を薄く開いた唇から発すると、私と楓を濁りのない目でじっと見た。

「親子なの?」

「はい」

「そう……。そうなのね」

 老婦人は自分を落ち着かせるように菩薩像を忙しなく撫でた。

「まだ一歳にもならなかったのよ」

「……はい」

「死んでしまった」

「はい……」

 死んでしまったという声には、(ほら)にも似た深い嘆きがあり、私の胸は苦しく痛んだ。

「手放してはいけない」

 不意に切り込むように彼女が声を上げる。

「お嬢さん。その娘さんの手を放してはいけない。そうでないと、そうでないときっと後悔するから」

 昂る声は、そのまま老婦人の感情の波を表していた。

「母さん。大丈夫。大丈夫ですよ。あの子は今もほら、ここにいます」

「ええ、そう、そうね、……疲れたわ」

「はい。音ノ瀬さん。すみませんが、そろそろ」

「はい」


 その後、寺の奥の座敷で、私たちは茶をもてなされた。湯呑みの横には丸い最中(もなか)が添えられている。

「母が私の妹を、湯に浸からせている時でした。まだ石鹸が残ったままの手で妹を抱き上げた母は、妹を湯の中に取り落としてしまったのです。お湯自体は良かったのですが、その際に頭部を打った妹はそのまま……。母は、今でも自分を責めています」

「童子のように愛らしい菩薩様でしたね」

「父が、蔵から見つけ出して来たのです。憔悴(しょうすい)した母に、あの子はここにいるよと言い聞かせました」

 住職の声は丸みを帯びていた。川の流れによって研磨された石のような声だ。静かに語る声とは裏腹に、この人の、そしてご両親の歩んで来た苦難の人生を垣間見たと私は思った。



九藤はまだ親も子も亡くしたことがありません。

ですがその悲嘆はいかばかりかと思う時はあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ