真綿にも針
物腰柔らかで、儚い風情。
赤い双眸。流れる白髪は滝のようで、緩い一本の三つ編みにして背中に垂らしてある。水色に細かな水飛沫の刺繍が入った単衣を着て、ひっそりベンチに腰掛けている。
彼が天響奥の韻流九代目、音ノ瀬劉鳴だ。年齢不詳。嘗て聖と同輩のように語っていたから、少なくとも五十は過ぎている筈だが、見た目からは三十程にしか思えない。副つ家の血筋が若干、混じっているとも聴いた。そのせいか。
「久し振りですね。ことさん。貴方の噂は漏れ聞いていますよ」
「宝珠ですか」
「はい。時間が余りないと。弟子が師匠より先立つのは不孝ですよ」
「面目次第もありません。そうならないよう全力を尽くします」
「そうなさい。貴方が養っている子の為にも。そして――――」
劉鳴殿は恭司を見た。
「あの子の為にも。面白い子を選びましたね」
「師匠の目から見て如何でしょう。彼は及第点ですか?」
「然り。素養は十分にある。後は心次第」
劉鳴殿のお墨付きを得て、私はほっとした。恭司は相変わらず撫子から逃げ回っている。
「撫子さんはまだ芳江君の顔を?」
「ええ。見えないようです」
「そうですか……」
劉鳴殿が来たことに気づいた撫子が、恭司を追うのを止めてこちらにやって来る。恭司も遅れて来る。
「お師さん。お久しゅう。相変わらず男前でんなあ」
「ありがとう、撫子さん」
「恭司さん。こちらは私と撫子さんの師匠にあたる、音ノ瀬劉鳴殿です」
「初めまして。恭司君」
「……初めまして」
優しく微笑した劉鳴殿に対し、恭司はやや固い表情で応じる。
ほんの一瞬だった。
劉鳴殿が竹刀の先端を、恭司の咽喉に突き付けていた。
「一回、死にましたね」
「…………」
「実戦を常に意識しなさい。君にも守りたいものがあるだろう。だからこその継承だろう。ならば相応の覚悟をして修行に臨みなさい」
風が吹いた。
劉鳴殿の白い三つ編みが揺れ、恭司は劉鳴殿を凝視したまま唇をきつく噛んだ。
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温泉を満喫いたしました。




