シャボン玉
楓は小さな頃から、戯れにシャボン玉を吹くのが好きだった。虹色の丸が、空向けて昇って行く。青や赤、黄色や紫。多彩な表情を見せながら、そしていつか割れる。シャボン玉は人の記憶に似ているような気がする。生まれ、膨張し、そして忘れる。もちろん人の記憶には例外もある。しかしその儚さは、やはりどこか似ている。
早くに目覚め、日光浴がてら縁側にいると、ネグリジェを着た撫子が今日も顔の色艶すこぶるよろしくやって来た。
「おはようさんです、こと様」
「おはようございます、撫子さん。ご機嫌ですか?」
「んん? いや、どうでっしゃろ。懐かしい夢見たなおもて」
もーちゃんが姿を現し、撫子に体当たりした。最近ではすっかり撫子に馴染んでいる。撫子も心得たものでよく相手をしてやっている。
「おお、もーちゃん、ええタックルや。せやけど、その程度、この撫子様はびくともせえへんでえ!」
ぼいん、ぼいんと身体をぶつけ合っている。微笑ましい光景ということにしておこう。恭司の修行を今日から始める。これは保険だった。もし宝珠が集まらないまま期限切れとなり私が逝っても、恭司が天響奥の韻流を継いでいれば楓の夫となる素地になり得る。恭司の立場を固めておくことで楓の願いに添おうという、言わば親心だ。
しかし只の親心で後継者を選んだりはしない。
恭司だからこそ伝授する気になった。彼には資質がある。まあ、私の師匠だった劉鳴殿に彼を引き合わせるのは余り気が進まないのだが。
「懐かしい夢を見ましてん」
「夢?」
撫子がもーちゃんを構ってやりながら頷く。
「芳江がまだ芳江やった頃の」
ああ。
祠を侵した為に撫子たちに下った天罰の話だ。誰にでも痛みを伴う過去はある。
「おはようございます」
「聖様! 今日も一段と麗しゅう、どえっふっふっふ」
「朝から不謹慎な顔するなや、撫子」
「なんやおったんかい、芳江」
シャボン玉は儚いから美しい。
しかし記憶には似ていようと、人の生はそのようであってはならない。
寒の戻りはいつまで続くのでしょう。
皆さま、温かいものを飲み食いしてご自愛くださいね。




