薔薇酒
寺原田は重苦しい雰囲気で戻って来た部下たちを、頭ごなしに叱りつけることなどはしなかった。
「みんなお疲れ。ドンマイ」
にこにこして労う。こんな調子だから彼は人望に恵まれる。
「悔しいっす……! 音ノ瀬こと、激強……っ。あー、初手からもっと激しい攻勢をかければ」
頭をがしがし掻く三島と、同様な目の色を二条も浮かべていた。きつく噛み締めた唇は、桜桃の色に染まっている。
一方、男性陣は女性陣に比べると淡泊だった。
「まー、あるよねー。相手の実力を見誤るってこと。次に活かせば良いんじゃん?」
「岡田はもう少し自省したが良いと思う」
「それは俺にも言えますね」
「水谷のナイフの冴えは相変わらずだったぜ? あれはあちらさんの手腕を褒めるところだろ」
岡田の慰めともつかない言葉に、水谷は微苦笑する。
「今回は他の課員も出払ってたからなあ。薔薇酒飲む?」
かたたとらコーポレーション庶務課の名物。
『クマさんの薔薇酒』は、寺原田が自らリキュールと薔薇の乾燥させた花びらを使って拵えた酒で、課員に絶大な人気を誇っている。
「はい! 飲む! 飲みます!」
「俺も」
「私もください」
「はいはい、順番ね~」
緊張の後の弛緩。皆がやたらはしゃいで見えるのは、それだけ危機感が大きかった反動だと寺原田も解っている。使える課員をより確保しておかなかったのは自分のミスだ。結果、部下たちの自尊心を傷つけてしまった。名に恥じない真紅の酒を硝子コップに注ぎながら、寺原田は反省と今後の課題を思考していた。
それにしても、と思う。
天響奥の韻流とは。
剣の道に邁進する者なら一度は聴く幻の流儀。音ノ瀬ことがその継承者であり、尚且つ音ノ瀬一族の当主であるなど、誰に予想出来ただろうか。
その荷は重いだろう。
寺原田は自分の役割を心得ている。心得た上で、自分より年若い女性の負ったものを想像し、同情の念を禁じ得なかった。それは薔薇酒より甘い感傷だと自覚していたけれど。
薔薇酒は寝かせるほどに甘くまろやかな味になります。




