張り子の虎
ん。
あれは。え? いやいやいや。
私は商店街の中、楓の手を引いて歩いていた。呉服屋の前に差し掛かった時、硝子ケースの中に美々しい着物と共に飾られている張子の虎から宝珠の気配がした。虎の顔は愛嬌があり、写実性の欠片もない。
こんなところにもあるものなんだなあ。宝珠は奥が深い。
「ことさん、あれ」
「楓さんも気づきましたか。宝珠のようですね」
「買うの?」
私は微笑んだ。
「交渉してみましょうか。楓さんの簪も見繕いましょう」
「え、良いのに」
「まあまあ」
小さな店構えだが呉服屋の中は和物を扱う店特有の、まったりした空気が流れている。店番をしていた老人は、こっくり、こっくり、と船を漕いでいて、私が軽く咳払いをすると、うん? と言うように目を開けた。
「おや、いらっしゃい」
「ご主人ですか?」
「はい。何かお探しでしょうか」
「表に飾られている張り子の虎と、紫水晶の簪を頂きたいのですが」
ひょろりとした顔にくっついた目玉が二つ、きょとりと動く。
「張り子の虎? ああ、あれですか。そちらのお代は構いませんよ。妻が趣味で作った物ですし」
「いえ、そういう訳には」
「まあまあまあ。簪はどちらのお嬢さんがつけるのかな?」
私を「お嬢さん」の勘定に入れてくれる。良い人だなあ。
「この子が」
私は些か自慢する思いで楓を前にした。老人の目が細くなる。
「可愛らしいお嬢さんだ。紫水晶はまだ少し早い気もするが、この年頃の成長は早い。すぐに追いつくだろう」
お勘定を済ませて店を出ると、何やら賑やかな女性の声がした。
「ほんとだってほんと! さっき、宝珠の気配をこの店から感じたんだから」
「三島さんが言うならそうなんでしょうね」
髪を明るい茶色に染めた若い女性と、えらく美形の男性が並んで歩いている。男性の両手には買い物袋の山。行き交う女性陣の視線がちらちらと男性の顔に向かう。と言うか、今、宝珠と言ったよな?
女性が立ち止まる。
「え?」
「どうしました」
「宝珠の気配が動いた……」
彼女が顔を巡らせた。
その先に私と楓がいた。音ノ瀬こと、と唇が動いた。
少しずつですが、段々と、春めいてきましたね。
皆さまに良きコトノハの訪れますよう。




