正直者
もうそろそろ藤色めいた宵闇が忍び寄ろうとする刻限だった。
岡田は鼻歌を歌いながらネットサーフィンに勤しみ、和久は書類仕事を片付けていた。他の庶務課の人間は、或いは既に帰宅し、或いは別の業務で留守にしている。蛍光灯にどこからか入り込んだ蛾が突撃を繰り返しては只でさえ短い命を更に縮めていた。和久の目は一瞬、そちらに向き、そしてまた紙の山に戻った。
鼻歌を続けるご機嫌な同僚に、目を書類から動かさないまま話しかける。
「知ってるか? 岡田」
「何を?」
「音ノ瀬こと」
「の、何?」
「先が長くないそうだ」
ピタリと鼻歌が止む。
「病気か何かか」
思いの外、冷静な声が返る。
「いや、禁呪の報いらしい。持って半年だと、知った音ノ瀬一族が今大わらわだ」
「それはそれは」
「助かるには宝珠が百八つ必要だと」
「大変だねえ」
「意外だな」
「何が?」
「お前はもう少しくらいは狼狽えるかと思った」
「生憎、そんなに可愛らしい性分じゃないもんで」
そうなのだろうかと和久は思う。岡田とは短くない付き合いだが、未だに彼の性分とやらがよく解らない。
「うちの収集分を加えれば目標数に近づくかもな」
和久の言葉に、岡田が笑いながら右手をパタパタ振った。
「それはないっしょ。俺たちも慈善事業で仕事してる訳じゃないし。音ノ瀬ことさんには悪いけど、ここは自力更生ってことで」
ここで初めて和久は視線を書類から剥がし、岡田を見る。色素の薄い瞳が、蛍光灯の眩しさでやや細められた。
「お前の言葉を額面通りに受け留められたら良いんだがな」
「あら。俺はいつでも正直よ?」
「ほら、その時点で既に嘘だ」
和久が断言すると、岡田の愉快そうな笑いが閑散とした庶務課に響いた。
冷たい風の吹く一日でした。
春よ、来い。




