愚かの愛しさ
私は忘れていたのかもしれない。喪うことの危機感を。
ここのところ、宝珠集めも順調な日々が続いていたから。
ある夜、しゃもじでお茶碗にご飯をよそおうとしていた時、自分の右手が半透明に見えた。ぎょっとしたが、それは一瞬のことだった。秋初めの虫が鳴いていた。聖と楓が仲良く歓談していた。私は一人、冷や汗を掻いた。
その晩のこと。
美しい銀河。宇宙空間に私はまた招かれた。予想していたので動揺は少なかった。音ノ瀬雅常が浮いていた。私のほうを気のない目で見る。
「早く宝珠を集めよ」
「時間が、ないのですね」
「然り。そなたの寿命、もう幾ばくも無いぞ。早く手を打たねば、親しき者たちとの来世での邂逅も叶うまい」
「宝珠はあとどれだけ集めれば良いのですか。そして、集めてどのように使えば良いのですか」
「宝珠は百八つ集めよ。集めたならば、使う手順は教えてやる。そなたの親族の男や、何と言うたか、あの、かたたた……なんとかに遠慮する余裕などないぞ」
私はごくりと唾を呑んだ。
「雅常殿。私の、残された寿命を教えてください」
そう尋ねた時、それまで冷徹にも見えていた雅常の面が僅かに揺らいだ。
「持って半年」
頭を殴られたような衝撃があった。聖の、楓の顔が浮かんだ。正直、もっと猶予はあると考えていた。少なくとも楓が成人するのを見届けるまでくらいは。
甘い見解だった。
「人を甦らせる禁呪を行うは愚かだ。だがそれが人だ。愚かなのが人だ。ならばそれを貫き足掻くしかあるまい。己がしたことにはもう、後悔はせぬことだ」
何かにつけ厳しい雅常にしては優しい言葉だ。
私は目を開けた。
自分の部屋の天井が見えた。凝った造りの傘の電気も。心臓は早鐘を打つようだ。それに反して虫のすだく音は変わらず清涼で長閑だった。布団から出て、楓の部屋に向かう。起こさないように静かな動作で眠る楓の顔を眺める。それからまたそっと移動し、今度は聖の寝室に向かった。
私が部屋に入ると、聖はぱちりと目を覚ました。どうしたのかと問いたげな眼差しで、しかし口は開かず、聖は半身を起こすと私の身を緩く抱き寄せた。彼がそれを意識してのことだったのかどうかは解らない。
けれど、その行為は私にとって、最も必要な処方だった。
ブクマありがとうございます!
すごく力が出ます。
少しずつ温み始めたこの頃。春の兆しを感じます。




