歯車
させじ、と祐善が動いた。
その次の瞬間の出来事を、一体、誰が予測出来ただろう。
花が舞った。
ひらりと。
祐善の刃を受け留めたのは、桜だった。真っ赤な血がしぶいた。
「桜さん!」
私の悲鳴のような声、秀一郎の声が重なった。祐善は刀を振るっていた手を止めて呆然としている。
「癒」
自らに使うには渋っていた治癒のコトノハを、秀一郎は腕の中の桜には躊躇わずに使う。それでも完全回復には至らない。桜の命の灯が消えようとしているのは、ここにいる誰の目にも明らかだった。
「桜さん……。なぜ」
秀一郎に桜は微笑み、何かを言いかけてから、こふ、と血を吐いた。その血を秀一郎が拭う。
「全ては父の、そして父を止められなかった私たちの責任です」
「貴方が肩代わりして死ぬことはない」
「良いのです。貴方が、ご無事で良かった」
言う間にも桜の身体からは血が溢れ出て、彼女の命を今にも攫おうとするのだ。
「聴いていただけますか、秀一郎さん。私、恥かしながら貴方が初恋でした。いいえ、うんと小さな頃は、別の男の子を好いたこともあったかもしれませんが、物心ついてからはっきり恋い慕ったのは貴方だけでした。だから、私は今、嬉しいのです。生まれて初めて好きになった殿方の命を救うことが出来て」
「桜さん」
「名前、呼んでもらえて、うれ、し……」
それきり、桜が言葉を紡ぐことはなかった。祐善は硬直している。その身体から、薄暗い瘴気のようなものが滲み出ている。人の形を保つ限界が来たのだ。桜の死がとどめを刺した。嘗て祐善だったものは黒い異形の化け物と化して私たちに襲い掛かった。何をどう間違えてこうなってしまったのだろう。歯車が、どこかで決定的に誤って、菅谷は渦潮の中のわらしべのようにくるくると悲嘆の道を辿った。
ぐったりとしてもう動かない桜を抱きかかえる秀一郎を守るように、昴が、麒麟が、術を繰り出し、聖も秀一郎の置いた刀を拾い応戦している。私は秀一郎と桜に近づいた。綺麗な死に顔だと他人事のように思う私がいる。私が髪をさらりと梳いても、頬に手を置いても、桜は何も言わない。
永劫の沈黙がそこにあった。
また寒くなるそうです。
お気をつけて、と春近し、のコトノハを処方しておきますね。




