死んでしまうよ
秀一郎の耳に足音が聴こえる。幻聴でなければ。
やがてガラリと障子が開く音。
「お止めください、お父様!」
「無事ですか秀一郎さん」
花の声二つ、耳に届いた。
「無事です」
そう答えた秀一郎が、どう見ても私の目には無事に見えなかった。満身創痍の秀一郎の白い三つ揃えは、赤く染まっている。対する祐善も、無傷ではなかった。なぜかいる隼太を無視し、私は秀一郎の援護に回ろうとした。
しかし。
「ことさん。手出しはご無用。これは僕と彼の勝負です」
男は愚かだ。
命の大切さより矜持や義理に重きを置く。私は一瞬、自分を鎮めた。それからコトノハを秀一郎に対して処方した。
「癒」
応急措置を施されたことに気づいた秀一郎が僅かに苦い表情を見せる。男は愚かだ、と再び思う。桜と麒麟は父と秀一郎の死闘に魅入っていた。麒麟は割って入ろうと動きかけたが、二人の緊迫の度合いがそれを許さなかった。下手に割り込めば麒麟こそが死というものに襲われかねない。
秀一郎が劣勢なのは明らかだった。しかし彼は、自分より実力のある祐善に対して果敢に挑み続けていた。――――左胸に咲く黒い花の所以を私は察した。
「ことちゃん。秀一郎さんって、剣道やってたの」
「嗜む程度に子供の頃からやってはいましたが」
「それでこの勝負ってすごいよ」
秀一郎たち三兄弟や音ノ瀬一族の男子は、ふるさとに住まう剣豪に教えを受けていた。その補佐を聖はしていた。だから、秀一郎にとって聖は第二の師匠でもある。その剣豪や聖は大らかに子供たちに接したが、甘やかしはしない性質で、ましてやお世辞などとは無縁だった。そんな彼らをして、秀一郎は三兄弟の中で最も素質があると言わしめたのだ。
やがて成長し、世事に忙しくなってからは剣の稽古もままならないようだったので、相当のブランクがあって良いのだろうが、麒麟たちが強者と見なす祐善に互角に近い勝負が出来ているのだから、大したものだと讃えて良いのだろう。
障子が開いて、聖と昴が滑り込んだ。昴は目を見開き、聖はそれまでとは異なるように顔を引き締めた。彼は見て取ったのだろう。秀一郎の挑んでいる男同士の勝負というものを。そしてその行方も読んだ。
私たちはここで秀一郎を喪う訳には行かなかった。だから、聖は秀一郎の誇りを傷つけると承知で口にした。
「秀一郎君。代わろう。そのままでは君は死んでしまうよ」




