置き去りと優しさ
私は聖と昴に紫具羅の相手を任せ、桜たちと先を急いでいた。
置いて来てしまった。
その一言が私の心にずしりと根を張っていた。
いつの頃からか、父に折りに触れ言われたことがある。時には置き去りにすることが肝要な時がある。それが頂点に立つ者の宿命であり業であると。
〝お父さんやお母さんでも?〟
〝それは関係ないことだ〟
〝ウサギさんでも?〟
私がそう問いかけた時、父は黙った。今なら判る。父の返答は、当然、「是」だったのだ。だが、それを私に伝える非情さを躊躇った。父にしては珍しいことだ。でも、お父さん。今でも、身を翻したい私がいる。聖の元に駆けつけたい私がいる。再び彼に万一のことがあったらと、泣き叫びたい程に不安な私がいる。前から思っていた。そう、聖を甦らせる禁呪を行ったように、私は当主失格なのではないかと。あの一件のあと、私は一族の主立った者たちに私を裁くよう告げた。願った、と言ったほうが近いかもしれない。
なのに誰もが首を縦には振らなかった。彼らは図ったように、皆一様にして言ったのだ。
当主もまた人なのだから、と。
「もうすぐです」
桜の言葉に頷く。なぜかしら誰かに叱られたような心地で。
銀色の狼は俊敏な動きで聖たちを翻弄した。牙と爪は際立って鋭く、一撃を喰らえば致命傷にもなり得ると思われた。それでもまだ、昴の存在に遠慮してか、紫具羅の攻撃はどこか控えめだった。聖が何度かコトノハを処方しようとしたが、その度に紫具羅は聖に飛び掛かり、威嚇してはそれを邪魔した。
「音ノ瀬の。ちょっと退いてくれ」
言われるままに聖が避けると、昴が前に出る。聖としては、絆のありそうな彼らが傷つけ合う事態となることを憂慮していた。ついに、紫具羅が昴に飛び掛かり、その咽喉に牙を立てようとした。即ちそれは、聖に対して隙が生じる瞬間だった。
「縛」
「木は木に、火は火に、土は土に、金は金に、水は水に」
紫具羅が目を見開いた。
次の瞬間、狼の輪郭は揺らぎ、銀で出来た呪符がゴトリと床に落ちた。
「紫具羅の本体だ」
昴はその呪符を大事そうに拾い上げた。
「よし、よし。お前はよくやったよ。しばらく眠れ」
呪符の表面を慈しむように撫でてから、聖を見る。
「俺は桜たちを追う。親父のところに行くが、あんたは手負いだ。どうする?」
「行く」
迷いなく即答した。負い目を感じていることの表情が、聖の脳裏に蘇る。聖は昔から考えていた。心優しい当主がいては駄目なのだろうか、と。姉である真葛に意見を求めたこともある。彼女は、沈黙の後、答えた。上に立つには強さが何より必須。優しさは誰よりまず先に、当主自身を殺してしまいかねないから。でも、情はつわものをも惹きつける。それもまた、強さだと私は思う。
そう言い切った真葛の微笑を、聖は今でも信じている。
良きコトノハをお召し上がりください。




