かわいそうな狼
ふん、と祐善が鼻を鳴らした。
「無粋な花だな」
勝手に取り沙汰された隼太は不興を表すでもなく無表情だ。彼は冷徹な瞳で、祐善と秀一郎の仕合を見ていた。ポタ、ポタ、と秀一郎の足元に血が落ちる。その音がやけに鮮明に秀一郎の耳に響く。命が散りゆく音色。
ここが死地だろうか。ならば少しでも祐善の力を削いでおきたい。だというのに手足は鉛のように鈍重なのだ。
「凝固」
血止めのコトノハを己自身に処方する。治癒までには至らない。肉体強化もしない。それが音ノ瀬一族だからだ。
それから三度、祐善と刃を交えた。祐善のほうにも流石に消耗が見えて来た。
私には一瞬それが、聖に纏わりついた銀色の大きな布のように見えた。けれど違った。銀色の被毛をした美しい狼の式神が、正面から聖に食らいついたのだ。聖はこれを、左腕をあえて噛ませることで防御した。
「紫具羅……!」
桜と麒麟が同時に叫ぶ。この流れで現れ私たちに文字通り牙を剥く狼の式。
「祐善さんの式神ですか」
「はい」
紫の澄んだ、けれど戦闘意欲に満ちた双眸には、主の娘も息子も関係なしなのだろうか。聖が紫具羅の無防備な腹に蹴りを入れると、堪らず紫具羅も牙を放し、聖から距離を取った。どうやら紫具羅にはこの中で、聖を最も排除すべき敵と見なしているようだ。聖の血が流れることは、私には痛恨事だった。
「こと様、先にお行き下さい」
聖が紫から目を逸らさず静かに促す。そうだろう。そう言うのだろう、聖なら。私が唇を噛み、俯いている間にも聖と紫具羅の戦いは始まっている。
「俺も残る」
突如、降って湧いたのは昴の声だった。驚きを隠せない桜と麒麟とは対照的に、落ち着いた表情だ。何かを吹っ切った人間特有の、清々しい顔をしている。紫具羅はと言えば、昴に対しては消極的な構えだ。耳をやや伏せている。
八重歯を見せて昴が笑った。
「なあ、紫具羅。お前とはちっちぇえ頃からよく一緒に遊んだな。俺はそこらの兄弟姉妹より、お前のほうが好きなくらいだった。――――でもな? 親父を止めなきゃならない。もう、さ。好い加減、目を覚まさせてやらないと、可哀そうだろ。親父も、お前たちも」
今日は南方のこちらでも雪がちらつきました。
皆さまお住まいの地域ではいかがだったでしょうか。




