北国の子供
今はともかく、子供の頃は麒麟とも仲良く遊んだ憶えが昴にはある。
幼い弟の手を引いて、桜と一緒に広大な屋敷の庭で遊んだ。まだ母が健在だった頃には、車を出して渓流まで連れて行ってくれ、他の兄弟姉妹たちも一緒に遊んだ。競う、という概念がまだなかった。父手ずから陰陽の術を教えてくれるでもなく、それぞれ、師について学びはしていたけれど、麒麟や桜とは特に親しく、対立するという発想など浮かばなかった。
時折、父の姿を広大な屋敷で見かけて、こちらを振り返ってはくれないかと胸をときめかせて期待するが、その期待が報われたことは只の一度もなかった。変化が表れ始めたのは、麒麟が陰陽師の素質をとりわけ高く評価された頃のことだった。
父が珍しく機嫌の好い顔で、広い座敷の中、麒麟を手招くと白い土器の盃に清水を注ぎ飲ませた。それは峻険な山中に湧く霊験あらたかな水で、その道に進む人間の言祝ぎとなるという。もっと励めと父は麒麟に告げ、お前たちもだぞと昴たち子供らを見回した。その視線は温もりとは無縁で、とても冷たいと感じたことを昴は憶えている。
その時、昴は周りの景色が薄く墨を塗ったようになり、遠ざかったと感じた。そうした感覚を、失望や絶望と言うのだということは、その時の昴には解らなかった。桜が泣いていた。その理由も解らなかった。
麒麟は聡い子だった。
昴が彼を遠ざけるようになると、すぐに纏わりつくことを止めた。
寂しそうな視線を感じることはあったが、昴は無視した。桜は相変わらず相手をしてやっていた。そのことが妙に昴の癇に障った。お前は俺と麒麟とどっちの味方なのだと問い詰めた時、桜は眉宇を悲し気に曇らせて、二人共、大事な兄弟よと言った。桜は良い子なのだ。口汚いことを言えない。安全圏で、自分だけは父親のお気に入りであろうとする。そう結論付けた昴は、桜をも邪険にした。桜は悲しそうだった。麒麟と似た色の眼差しで昴を見た。
昴は北国みたいだと思った。
首のあたりがすうすうしていつも寒い。それが孤独と名のつくもののもたらす感覚だとは知らず、自分は寒さに弱いのだと、そのように認識した。
考えてみればいつもそんな感じだなと昴は麒麟の残した人形を見て思う。
肝心なことには後から気づく。手遅れになってから。
勇魚が死んで麒麟がどれだけ嘆いただろうかということも。
桜の苦境にも。
人形をくしゃりと握り潰して、昴は駆け出した。
九藤は全力で書いておりますが、当薬局へお越しの方はごゆるりとしてらしてください。




