星に手を伸ばすように
戻った場所は桜の部屋の襖の前だった。襖には金箔銀箔が銀河のような意匠で張られていて、私は束の間、その小さな星を数えていた。現実逃避だ。
「ことさん! 大事ありませんか」
「大丈夫です、桜さん。あの式神には追い返されました。それとは別にちょっと自分を殴って活を入れたい気分ではあります」
「桂が大人しく貴方を帰したのですか?」
「彼は桂と言うのですか。はい、耳に痛い小言の土産つきで」
バタバタと足音が入り乱れて、聖と麒麟が走って来た。彼らも無事らしい。
「こと様。お怪我は」
「ありません。……秀一郎さんは?」
「待って。探るから」
麒麟はそう言って目を閉じた。コトノハ使いが風で広くを知るように、陰陽師にも彼ら特有の知る術があるのだろう。果たして麒麟の眉間に深い皺が生まれた。
「待って。ちょっと待って、これやばい」
「どうしたのですか」
「何てこと……」
桜も口元を両手で覆っている。何か視たのだろう。
「秀一郎さんは今、お父様と刃を交えておられます……っ」
桜の上げた声は悲鳴のように甲高かった。
虫の音が聴こえる。
秋が近い。
では夏は?
迷走した熱は、その後どこへ向かうのだろう。
「高みの見物かね」
秀一郎は一瞬、祐善の言葉の意味が解らなかった。振り向き、紫陽花色の男の存在を認めて初めて理解した。
「俺は明日の下見に来ただけだ。そうしたら何やらおっぱじめてるじゃないか。ああ、俺のことは気にせず続けてくれ。それともどちらか、俺の助力が欲しいか? 菅谷祐善さん? 音ノ瀬秀一郎?」
「要らない」
祐善が何かを言う前に、秀一郎がきっぱりと答えた。恐らく、と秀一郎は思う。恐らく祐善は最初から隼太を信用していなかったのだ。ことの側に就く可能性さえ考えていた。だから、当てにならない日取りを伝えた。だから、隼太の乱入は祐善にとってイレギュラーだろう。
「邪魔をしないでくれ、隼太君。僕は彼と仕合う必要性がある」
「ご立派だな。お前はいつもご立派だ。音ノ瀬秀一郎。出来た人間の模範でも目指しているのか? 鬼兎といい、お前といい、愚の骨頂だ。正直、反吐が出る」
隼太の罵詈雑言は秀一郎の右の耳の穴から入り左の耳の穴へと抜けて行った。構えを見ただけで判る。祐善は相当な練達者だ。この、威圧感。殺気。
けれど退けない。
誰かが彼の目を覚まさせねば。ことならば自らが満身創痍になってもきっとそうする。だから自分も刀を放置しない。実力の差は歴然としているが、そうした次元の問題ではないのだ。祐善が刀を上段に振りかざす様がスローモーションに見えた。次の一撃が来る。
健康の大切さを痛感しております。
コトノハ薬局が必要なのは九藤ものようです。




