生涯唯一人だけ
秀一郎は屋敷の中を慎重に歩んでいた。ここは敵陣本営。些少なりとも気を抜くことは許されない。こうした、ことを救う役割が、本来自分のものでなくとも、秀一郎はことの危難に際して進んで身を投じ、彼女を助けるべく立ち働いた。それが自分の存在意義であると信じていたし、子供の頃とは違いその力があるとも考えていた。
ことしか見えていなかった。
桜より以前にも、自分を好いてくれる女性はいた。けれど秀一郎は彼女たち全てに対して丁寧に断りを述べた。桜は魅力的な女性だと思う。だが、秀一郎にはことだけが唯一無二だった。その、唯一無二に選ばれない苦しみは、もうとうに飼い殺している。想いの動脈に刃を入れれば鮮血が吹き出すだろうが、それでも秀一郎は堪えた。
聖とことの祝言は、心から祝福したが、内心、忸怩たるものがあったのは否めない。
惚れた女一人、手に入らない。兄たちからはよくからかわれた。そのままだと一生、独身だぞと。
構わない。
こと以外の女性は、極言するなら秀一郎にとって女性ではなかった。桜にも申し訳ないとは思うが。微妙に胸が痛む。そんな自分をふふ、と笑う。まだ修練が足りていないらしい。
東南の座敷の襖を開ける。麒麟の情報ではここにも式神がいる筈。ことが危機に陥っている今、自分たちが式神の注意を惹きつける他ない。そうすれば真っ先にことの元に駆けた聖の負担が軽くなる。
暗い座敷の中。二振りの刀を手にして。
待っていたのは式神ではなかった。
菅谷祐善。
「待っていた。些か、待ちくたびれた」
祐善はゆらりと立ち上がり、刀の一振りを秀一郎に投げた。
「取りたまえ。丸腰の相手を斬る訳にもいかん」
ガシャン、と秀一郎の足元に落ちた刀は、紛うことなき日本刀だった。秀一郎は何だか可笑しくなった。どういう茶番だこれは。この男は一体、何を信条に生きているのか。そんなことを考えながら、ゆっくり身を屈めて刀を拾い上げた。
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砂漠の慈雨です。
召しませコトノハ、悲しみのままに、喜びのままに。
元気でいてくださいね。




