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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
宝珠争奪編 第三章
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愚者

 菅谷の牙城が崩壊する様を、隼太は無感動に、いや、どちらかと言えば小気味よく見下ろしていた。強者が自滅する様を見るのは愉快でもある。ことがこの事態に胸を痛めているかと思うと、それもまた一興だった。

 何でも祐善の娘の桜を預かっているらしい。あの甘い女のことだ。さぞや情にほだされていることだろう。だがあれは、手遅れだ。物事が潰れる前に、引き返すことの出来るタイミングというものがある。菅谷はそれを見誤った。もう取り返しはきかない。日没のように自然に菅谷も沈むだろう。

 夜の海は暗くてところどころが月光を弾き底が知れない。

 彼は今、コンテナ倉庫の並ぶ一画で、人を待っていた。


「お待たせしましたか、音ノ瀬さん」

「いいや」


 やがて現れた黒いスーツの男に、隼太は鷹揚に答えた。そして紫陽花色のコートの内側から書類の入った封筒を取り出す。

「菅谷の経営する店の取引先リストだ」

「助かります」

「菅谷にどんな恨みが?」

「……私の両親は菅谷の屋敷の使用人でしたが、過労で死にました。祐善は香典と言って金を寄越しただけで葬式にも顔を出しませんでした。謝罪一つなく」

「成程」

「貴方は菅谷にどんな恨みが?」

 隼太はこの質問を面白がった。菅谷は寧ろ提携相手だ。それを自分は裏切っている。密やかに。密林の中の獣のように。

「恨みはない。(おご)る者が堕ちるのは、悪くないオペラだ」

 男の目に微かな嫌悪がよぎったのを、隼太は見逃さなかった。正直な若者だ。親も同じく正直な働き者だったのだろう。だから食い荒らされた。隼太には自然の摂理と思えることが、若者には恨みとなって残ったらしいが、それに関して隼太は何の感慨も覚えない。自分と同じ価値観を持つ人間などざらだ。

 ふと隼太は滅多にない親切心を彼に対して覚えた。

「一つ言っておくが、手負いの獣には気を付けろ。下手をすれば喉笛を食い破られる」

「ご忠告ありがとうございます。その時は逆に食い破ってやりますよ」

「……」


 若者が去り、少し経った。夜の海は変わらず横たわっている。

「いつからいたんだ?」

 隼太が首を巡らす。

「鬼兎」

 聖がコンテナ倉庫の影から静かに出て来た。表情も静かだ。悪びれるところがない。

「最初から」

「お姫様のお守りは良いのか?」

「こうした役目も僕の仕事だ」

「は、違いない」

「余り菅谷を引っ掻き回すのは止めてくれないか。こちらにまで弊害が出る」

「知ったことではないな。お前はままごと遊びの相手をしていれば良いのだ」

「……君の行動が目に余ると判断した時、僕は君を相手取るだろう」


 ふわ、と煙草が香るように隼太が笑んだ。


「それこそ望むところだな。なあ、鬼兎。人の愚かというものはな、そう変わらんよ。そして俺も、お前も、例外ではない。俺たちは自らの愚かを嘆きながら進むしかないのだ」

 聖の紅玉の双眸が大きくなる。赤い面積がごく微細に広がる。

「君からそんな言葉を聴くとは思わなかった」

「そうか。俺は自分の愚かを知る程度には弁えているということだ」


 絶えない波音の静かな旋律を聴きながら、二人の男はしばらく沈黙を味わった。



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いつもありがとうございます。

寒い日が続いております。ご自愛となるコトノハを拾ってお帰りくださいませ。

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[良い点] >「恨みはない。驕おごる者が堕ちるのは、悪くないオペラだ」 coolやね……
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