心の囚人
麒麟に助力を乞われたが、現状、私の出来ることはなさそうだった。滅びる時は滅びるのだ。人でも、国でも。単位の規模が違うだけで。桜の縁組は阻止してやりたいと思うものの、部外者である私にはどうすることも出来ない。じりじりと時を過ごしていると、麒麟が桜を伴いやって来た。夕刻、一番星が出始めた時間帯だった。
「俺のところで匿うにも限界がある。早晩、親父が嗅ぎつけて来るだろう。だから姉さんを預かって欲しいんだ」
「お引き受けします」
私は一も二もなく承諾した。桜の輪郭は以前に見た時より細くなっているようで、庇護欲をそそられる様子だった。精をつけてもらおうと思い、その日は焼肉にした。黒毛和牛だ。麒麟と桜と聖と私と、楓ともーちゃんとで賑やかな食卓になった。桜は小食だったがそれでも時折は笑みを見せ、肉を口に運んでいたので、私はほっとした。麒麟が帰り、その晩は私の部屋で桜と寝ることになった。
豆球の明かりだけの薄暗がりの中、リーリーと鳴く虫の音が聴こえる。
「ことさんは聖さんとは昔から?」
「そうですね。聖さんは副つ家の人だったので、家ぐるみで付き合いがあったのです」
「もうその頃にはお好きでしたか」
互いに布団に横たわり、天井を見ながら言葉を交わす。躊躇せず私は頷いた。
「好きでした。聖さんがいたから私は子供時代をしのぐことが出来たんです」
「想い想われて羨ましい……」
「桜さんは秀一郎さんがお好きですか」
「……お見通しなんですね」
「彼は良い人です。貴方を助けたいとも考えているでしょう」
「そうかもしれない。けれどそれは恋心ゆえではなく義侠心です」
「そうですね」
否定出来ない。
「私は秀一郎さんの心に住みたかった。彼の中に桜という存在を植え付けたかった。多分もう、全てが遅いのでしょうけれど」
「そんなことはありません。貴方には貴方の未来があって然るべきです。いつまでもうちにいてください。祐善さんが来ても貴方を渡しはしません」
桜が私のほうを向いたことが薄闇の中でも窺い知れた。
「ありがとう。ことさん。貴方は良い人ですね。ですが良いのです。私は、父の意向に従います」
「そんな。秀一郎さんが好きなんでしょう」
「秀一郎さんは、ことさん。貴方をお好きなんですね」
言葉に詰まった。桜は微笑している。どこまでも透き通って、純度の高い笑みだった。
「解る気がします」
この悲しい人を、悲しいままでいさせてはいけない。万難を排してでも幸せになって欲しい。しかし人の心の何と難しいことか。
秀一郎。
秀一郎。
ほんの少しで良い。桜を振り向いてやってはくれないだろうか。そうでなければ。そうでなければ余りにむごい。だがその確率が限りなく低いことも、私には解っていたのだった。
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いつもありがとうございます。
寒波襲来とのこと、皆さまには少しでもコトノハで心ほぐれますよう。




