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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
宝珠争奪編 第二章
291/817

ゴッドアイ

 悲しい音色が聴こえても、止めることの出来ない旋律がある。


 私はその日、楓の手を引き、聖と共に姫宮神社の蚤の市に来ていた。近所の公園で催されるものより規模の大きなその市は、宝珠捜しにも最適と思えた。どこからかカレーの匂いがする。屋台が出ているのだろう。汗ばむ晴天の下、フランスアンティークのワンピースから古い時計、硝子のドアノブ、アクセサリーや、果ては小さな陽光を弾く色鮮やかなボタンまである。白いワンピースを着た楓をこの市に連れて来るのは初めてで、彼女は興奮に頬を紅潮させていた。聖が私たちより半歩遅れて、周囲をそれとなく警戒しながら歩いているのも頼もしい。

「暑いですね。何か飲みますか、楓さん」

「飲み物、売ってるの?」

「……飲み物はありませんね。代わりにソフトクリームなら」

「食べたい!」

「葡萄味がありますよ。桃も。どれも美味しそうですね」

「私、桃にする」

「聖さんはどうしますか?」

「その、ティラミスというのを」

 案外、冒険する奴である。因みに私は葡萄味にした。昔から葡萄味には弱い。桃も好きだが、楓が桃にしたので、私は葡萄に落ち着いた。少々高いが仕方ない。甘い涼が舌先で蕩ける。

 なあ桜、昴。知っているか。この甘さを。この団欒の温もりを。

 知らないだろう。お前たちは決して知らないだろう。そして知らせようと私が動いたとしても、頑として首を横に振るのだろう。

「ああ、ありますね。宝珠」

 聖が指さしたそれは、ビスクドールの眼球だった。緑色にきらりと光る。ちょっとグロテスクだが見慣れれば綺麗だ。楓が近寄りそれを手に取ってしげしげと眺める。楓にも宝珠の気配を憶えさせたほうが良いだろう。その意図もあり、彼女をここに連れて来た。

 すると、ひょいと楓の手からその眼球を取り上げる者がいる。背の高い紫陽花色。この炎天下にコートを着るもの好きなど限られている。言わずと知れた隼太だ。

「これは俺が貰おうか」

「隼太さん。楓さんが先に手にしたのですよ。それを取り上げるのは大人気ないのではありませんか」

「店主が望む値で買えるのは俺のほうだ」

 そう来たか。

「千円で買いましょう」

「二千」

「三千」

「一万」

「……二万」

 いつの間にか周囲には人だかりが出来ていた。店主は喜ぶよりも当惑した顔で、この競りを見ている。

「十五万」

「十六万」

「五十万」

 あたりが私の声にどよめいた。隼太が咽喉の奥で笑う。

「大きく出たものだな。そんな大金を、例え音ノ瀬の御当主様とは言え、持ち歩いているのか?」

「聖さん」

「はい」

 私が出した手に、聖が茶封筒を渡した。私は中の札束からきっかり五十万を抜き、店主に手渡した。店主はぽかんとしている。

「包みはなしで結構です。行きましょう、聖さん、楓さん」

 不思議なことに隼太からは口惜しがるような気配はなかった。力ずくでも奪えたかもしれない宝珠を、彼は黙って見送った。

「あの人、隼太さん、最初から宝珠を獲る気はなかったんじゃないかな」

「どうしてそう思います? 楓さん」

「音ノ瀬とはなるべく競合しないようにするって言ったコトノハ、嘘じゃないと思う。ただ少し、私たちに意地悪したかっただけで」

 意地悪。

 そう、意地悪か。お蔭で五十万が飛んだぞ、隼太よ。聖や楓と、どこか遠くに旅行にでも行こうと思って貯めていたへそくりの半分が。念の為に持ってきておいたものを、まさかここで本当に使うことになるとは。

「あの紫陽花野郎め」

「こと様、口調が」

 音ノ瀬家は富裕ではあるが、遊興費の為に使える金は限られているのだ。まあ、金庫番に事と次第を話せば必要経費と見なしてくれるだろうが。この場合の金庫番とは、税務署勤務の秀一郎の兄・藤一郎である。



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今年もよろしくお願いします。

優しいコトノハが触れてゆきますように。

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