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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
宝珠争奪編 第二章
288/817

金槌でも割れない

 儚い人のいることを知った。

 儚い人の想いを知った。

 けれど私にはどうすることも出来ない……。


 夏風邪をひいた。失態である。

 布団に横たわりコンコンと咳き込む私の額に、聖が掌をあてる。

「熱いですね」

「面目ない」

「ここのところ宝珠の件で緊迫した状況が続いていましたから。無理もありませんよ」

「ことさん、きつい?」

 聖の言葉の後に、もーちゃんがおろおろとした様子で訊いてくる。学校に行く前、楓が後ろ髪引かれる顔で置いて行ったもーちゃんは、私の枕元にいる。私は微笑する。

「いいえ。大丈夫ですよ」

「嘘仰い。こんなに熱が出ているのに。夏風邪はこじらせると性質が悪いんですよ」

「容赦ないですね、聖さん」

「こと様の健康の為です。何か食べたいものはありますか」

 チリーンと釣忍の音が聴こえる。外は今日も快晴だろう。

 食べたいものか……。

「手ごねハンバーグ。チーズ入れたやつ」

「…………冷凍のではいけませんか」

「いけません」

 聖の弱った顔が可愛い。もーちゃんは私と聖双方の顔を交互に見ている。聖が根負けしたように溜息を吐き、部屋から出て行った。もーちゃんを一瞬見たが、もーちゃんがすりすりと私の頭に擦り寄ったのを見て、害なしと判断したらしい。聖がいなくなると、途端に首のあたりがすうすうする。頭や他の全身は熱いのに面妖なことである。

 ジュウジュウと肉の焼ける匂い。本当にハンバーグを作ってくれているのだ。私は自分の聖に対する甘えが叶えられたことに歓喜した。チーズ入りの、手ごねハンバーグは、母が作ってくれていたものだった。数少ない甘やかされた記憶。

 私は少し前まで心にあった桜に想いを馳せる。恐らくは温かな思い出のない広大な屋敷で、今の私よりもずっと喉元のすうすうする気持ちで過ごしていたであろう彼女。唯一の救いは、昴や麒麟が彼女に好意的だったことだろうか。しかし秀一郎を選ぶとはお目が高いというか難関を行くと言うか。小さな子供時分から知っているが、秀一郎は頑固だ。金槌で頭を叩き割ろうとしても無理であろうくらいには。彼の心に桜の居場所はない。なぜなら。なぜなら私がいるからだ。昔から私は彼に言ってきたのだ。自分はないから諦めろと。けれど秀一郎は、明眸皓歯の笑みで、いつもそのコトノハを跳ね除けた。私が聖と添うた今でさえ、彼の心は変わっていない。くれてやれるものならくれてやりたいと思うのは、余りに薄情なので止めておくが、それでも桜のほうを少しでも見向きはしてくれまいか。


「こと様、出来ましたよ」

「わあい、ハンバーグ!」


 何て美味しそうな見た目。

 ええとそれで?

 秀一郎を桜にやれば万事解決だっけ?

 何か違う気がしたが、私は熱に浮かされた頭ではふはふとハンバーグを平らげることに夢中になってしまった。



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お読みくださりありがとうございます。

作中のコトノハが、少しでも温もりとなれば幸いです。

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