着物茶話
賭けに出てみることにした。
計画を聴いた当初、聖は余り良い顔をしなかった。道理だろう。
菅谷桜と二人で密談する。
菅谷祐善に知れることなく。私は彼女にのみ届くよう、風にコトノハを乗せた。夏にしては涼風が時折吹く。しばらくして風の応えが来た。諾、と。日時は明日の午後三時。いつもの喫茶店で。自分も行く、と聖がまだ言っている。女二人で胸襟を開いて語り合いたいのですよ、と言うと、それ以上は口を噤んだ。
桔梗色の単衣には裾に露草が描かれている。一筆書きの友禅だ。帯は合わせて若草色を。帯締めは青、帯揚げは紫、帯留めには彫金細工の和風建築を象った変わり種を選んだ。女性同士が会話する時、服装選びは特に重要事項だ。
桜は既にテーブル席に着き、爽を飲んでいた。私はマスターに薫を注文してから席に着く。正面から眺めると、やはり綺麗な女性だと思う。彼女は夏には珍しい茜色の地に銀の箔が入った単衣を着て、帯は濃紺、帯締めは金、帯揚げは朱色で白い陶器の鳥の帯留めをしていた。
帯留めだけでも、鳥のように自由でありたかったのだろうか。彼女の境遇にほだされそうになる自分を私は叱咤する。
「お待たせしました」
「いえ、さほど待っておりません」
この儚い微笑だけでぐらつく男は多いだろうなと、俗なことを考える。薫が運ばれてくる。
「お話とは何でしょう」
「単刀直入に申し上げます。菅谷を切り、音ノ瀬にお出でになりませんか」
桜の目は、この申し出を予想していなかった訳ではないという目だった。静かにコーヒーカップを傾ける。
「私を哀れみに?」
「正直に言えばそうです」
コロコロと桜が笑った。
「本当に正直な方。そしてとてもお美しいのに、女性よりは男性性を強く感じる」
「私は当主です。当主は女であり、尚且つ男でもあらねばなりません」
桜の黒目がちの瞳が物言いたげに潤む。
「そのように剛直に生きられる貴方が羨ましい。私は、生まれた時から菅谷の籠の鳥でした。席次から見ても当主には間違ってもなれる可能性などなく」
「音ノ瀬にお出でなさいませ」
私は必死だった。水に沈みゆく美しい硝子細工を掴もうと手を伸ばすように、桜にコトノハを投げかけた。桜は一瞬、苦悶の表情を見せた。
「昴がいる。捨てていけません」
「ならば昴さんごと受け容れましょう」
「無理です。貴方は昴がどれだけ菅谷に固執しているかご存じでない」
「…………貴方と争いたくないのです。貴方を傷つけたくないのです」
「貴方は当主としては優し過ぎますね。敵にそこまで情けをかけて如何なさいます。私の屍を越えて行くくらいの気概をお持ちなさいませ。でも、そう、けれど、貴方のお申し出、嬉しかったです。有難う」
桜と入れ違いに、聖が店に入って来た。座して待つことが出来なかったのだろう。私と目が合うと、首尾はどうだったかと視線で訊いてくる。私はそれに対し力なく首を横に振った。先程まで桜が座っていた席に聖が座る。左手首を包むように持たれた。今は和装なのでブレスレットはしていない。腕時計をゆっくり摩る仕草は、まるで老婆を労わるようだ。
聖は小さな声で、どうしようもないことはあります、と囁いた。
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