ヘンゼルとグレーテル
あの刃に触れてはいけない。恭司の頭の中でレッドシグナルが鳴る。避けながら、昴の身体の弱点を針に糸を通すように正確に攻撃する。昴はやりにくさを感じながら恭司の身体に白刃を晒すしかない。足払いをかけられるが、何とか堪える。掌底が顔の正面から来る。刀でこれを斬り伏せようとしたが、恭司は巧みに避けた。構わず刺突する。恭司の身体がゴムまりのようにポーンと後ろに飛ぶ。彼の身上の一つは身軽さだ。それに加えて聖や秀一郎から、隼太からは学べなかった戦闘法を学び、習得した。戦いにくさを感じながら、昴は尚も刀を振るった。恭司の左腕から鮮血の花が咲く。恭司の眉間に皺が寄った。
「僕の名前は音ノ瀬秀一郎。音ノ瀬分家の三男。年齢は三十二歳。誕生日は三月三日。血液型はO型。身長は百八十六センチ」
突然割り込んだ声に、昴がはっとする。
いつも通りの白い三つ揃えを着た秀一郎が立っている。恭司は聞き覚えのある文句にどこか安堵する自分を感じた。これは秀一郎の奥の手のコトノハ――――。対象者が聴けば四肢の自由を奪われる。
「昴! 聴いては駄目よ。緑王丸!」
更に割って入った桜の声に応じて、勇猛な鷹が秀一郎を襲撃した。
だが。
「璧」
秀一郎のコトノハの前に、襲撃は未遂に終わる。
「さくら、さくら、舞えよ、狂えよ」
桜が歌うように囁くと、今の季節には有り得ない桜の花びらが秀一郎の周囲を取り囲んだ。そのままであれば桜の花びらで圧死する。しかし秀一郎はそのままではいなかった。
「散」
その一言のコトノハで、桜の花びらは重力に従い地に落ちた。
「まだ続けますか、菅谷桜さん、昴君」
鼈甲ぶち眼鏡の奥の瞳が怜悧に細くなる。先に冷静になったのは桜だった。
「音ノ瀬秀一郎さん、ですね。いいえ。ここは退きましょう。昴の手に入れた宝珠は差し上げます」
「桜!」
「昴。命と引き換えと思えば安いものでしょう」
「良いんだそれでも、俺はっ、親父に認めてもらいさえすれば」
「……莫迦な兄さん」
桜が昴の頭を抱いた。そして莫迦な私、という小さな呟きを拾ったのは、この場で秀一郎だけだった。
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