表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
宝珠争奪編 第二章
277/817

人の心という生き物

 ことの家に行く途中、秀一郎は和装の若い女性とすれ違った。印象的な栗色の髪。儚げな顔立ち、佇まい。彼女の身元を秀一郎は知っていたが、その場では何も気づかない風を装った。すれ違う一瞬、風が吹き、彼女の長い髪が秀一郎の白いスーツの背を撫でた。


 ミンミンと、鳴く蝉が相変わらず(かしま)しい時節のことである。


 青い切子硝子のタンブラーに、グレープサイダーを入れて出す。青と紫が混じり合い、美しい色合いになる。秀一郎はこの暑い中、汗一つ掻かずに涼しい顔でサイダーを飲んでいる。その間に私は前川親子の一件を伝えた。二、三口サイダーを飲んだ秀一郎は軽く頷いた。

「ことさんらしい裁量です。僕もその判断で正しいかと。宝珠はまだ少なからずある」

「隼太さんが無理をしていないかが心配です。彼は人の心を持ちますが、相手のそれを慮ることはしません」

「恭司君が離れましたからね。大海さんではストッパーにはなりますまい」

 私の懸念を、秀一郎は暗に肯定する。私は庭に目を移す。小まめに手入れをしている為、雑草もそれ程生い茂らず、良い案配の緑が和みとなる。桜の樹の緑も若々しい様相を見せている。緑は生命の色なのだ。年波を遠ざけ活力をもたらす。


「菅谷桜嬢に会いました」

「どこで?」

「先程、この家の近くで。僕に気づいたかどうかは定かではありませんが」

 秀一郎は知らぬ振りをしたのだろう。向こうもそうだとすればいずれが狐か狸かだ。

「綺麗な人ですよね」

「そうですね。お代わりいただけますか」

 軽く流して催促した秀一郎に応えたのは聖だった。さっきから私の隣に無言で控えていた。副つ家だなあと思うのはこんな時である。

「ことさん。いくら容貌が秀でていようが手弱女(たおやめ)に見えようが、手心を加えることは禁物ですよ。特に女性はしたたかですしね……。おっと、失礼」

 お前の失礼は今に始まったことではないだろうが。

 私は軽く秀一郎を睨みながら、自らもグレープサイダーを飲んだ。濃厚な葡萄の風味が何とも快い。

「菅谷祐善も昔は中々辛酸を舐めたようですね。どの家も父親が専制君主となれば子供が苦労する」

 聖が語る私の顔をちらりと見る。

「曲がるか、曲がらぬかの違いですよ、ことさん。どんな親を持とうと、真っ直ぐ育つ人もいる。ご自身がそうでしょう」

「どうでしょうね……」

 秀一郎の鼈甲ぶち眼鏡がきらりと光った。

「僕が最も危惧しているのはそこです。ことさんが菅谷桜、昴、祐善に同情してコトノハが鈍らないか。下手をすれば命取りになりかねません」


 解っている。

 蝉よ、鳴くな。解っているから泣くな。

 この世の遍く全ての嘆きを、掬い取れはしないことなど、もう私にも解っているのだから。



ブクマ、評価、ご感想など頂けると励みになります。

今日は氷雨降る一日でした。

皆さまのコトノハ薬局へのご来店で、少しでも温もりを得られれば幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ