ナイトメア
私は暗くてとても寂しいところにいた。上を見遣れば赤の混じる黒で、私に不吉と感じさせるには十分だった。よろめき後退ると、固い感触にぶつかった。朱色の鳥居だ。鳥居の天辺には、この空間には異質の、けれどだからこそ私を僅かながら安心させる、紫陽花色を纏う隼太が軽やかに立っていた。しかし彼の顔は狐の面で窺い知ることが出来ない。
隼太がすい、と腕を伸ばし指差した。先には不吉な色の天から下がる蔦に身体を縛り上げられた楓がいた。私は悲鳴をやっとの思いで押し殺した。楓の元に駆け寄るが、彼女の身体は高みにあり、私がどう腕を伸ばしても届くことが出来ない。昏睡するように瞼を閉ざした楓の顔色は透き通るように青白い。コトノハが処方出来ない。声を出すことすら不可能なのだ。私は内心で、聖に助けを求めた。もしも楓を喪ったらと思うと、気が狂いそうになる。誰か、誰でも良い、楓を助けてくれるなら。背後を振り向くと隼太の姿は鳥居の上から既に消えていた。
途端に突風が吹き、赤黒い天から無限彩色が降ってきて空間を埋め尽くした。水色に白に黄色に緑に荒れ狂う。
止めて。静かにして。楓を吊るす蔦が千切れてしまう。少女一人を吊るすにしても、余りに心許ない細さの蔦なのだ。
あ。
蔦が切れる。
私は楓の身を受け留めようと、両腕を伸ばした。楓の身体が地に叩きつけられる様子を想像しただけで私の血は凍りつくのだ。
あともう少しで楓が落ちてくる。腕よ、堪えて。彼女の身体は落下の加速分、重量を増すだろう。私の腕が折れて壊れても、楓だけは無事でいなくてはならない。
「こと様」
悪夢は聖の声と共に呆気なく終わった。
「大丈夫ですか。うなされておいででした」
そうだ。今夜は二人の寝室で夜を共にしていた。そのことが、とても幸運なことと思えた。私は浴衣の内側にびっしょりと汗を掻いていた。こめかみに手を遣るとそこも濡れている。
「……悪い夢を見ました」
「そのようですね」
「聖さん」
「はい」
「私は、楓さんが誰より大事です」
「存じています」
「貴方と比べることは出来ない」
「はい」
「けれどあの子が危機に陥った時、もし私が危うい目に遭っていても、あの子を優先して欲しい」
「……副つ家としての僕に対するご命令ですか」
「いえ、愚かな、一人の母親の懇願です」
「承りましょう。但し、僕はお二人共、助けます」
静かな紅玉の瞳に虚栄の色はなく。
腕時計とブレスレットを摩りながら、私がこの時に感じた安堵は例えようもないものだった。
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作中のコトノハが春呼ぶ水となれば幸いです。




