アイスカフェオレ狂騒曲
私ははやる動悸を強いて抑えて、恭司を伴った楓の姿を見て足早に駆け寄った。
どこにも怪我などがないことを確認して、深い安堵の息を吐いた。恭司を見る。彼は私の憤懣を承知で目線を逸らさない。良い覚悟ではある。
「楓さん。無事ですか。どこも痛いところはありませんか」
「うん。ことさん、心配かけてごめんなさい」
「良かった……っ!」
まだ細い若木のような身体を抱き締める。私の宝。ともかくも、二人を家に招き入れる。聖がアイスカフェオレをそつなく作っていた。聖の淹れるものはあの喫茶店には敵わないものの、何にしろ味が良い。
私に楓の行き先を知らせたのは風だった。日曜日の今日、外で恭司と逢って来ると言って出た楓は、実は隼太たちの元に向かっていた。何という無茶をする。大方、宝珠の件で音ノ瀬に就くよう説得にでも行ったのだろうが、相手が危険過ぎる。共にいるであろう大海も抑止力になるには足らない。客間に楓たちを座らせてアイスカフェオレを飲ませる。シロップはやや多めだ。
「隼太さんとどういうお話をしたのですか?」
ゆっくり団扇で楓に風を送ってやりながら尋ねる。
「音ノ瀬に、就いて欲しいって」
予想通りだ。
「でも断られた。菅谷が先約で、信用は失えないって。その代わりにこれ」
トンと置かれた多角形のペーパーウェイト。好事家が欲しがりそうな文具だ。そしてこれはそうであると同時に、宝珠だ。纏う空気でそれと知れる。
「貰ったのですか?」
あの隼太が、気前の良いことだ。
「うん。極力、音ノ瀬との衝突も避けると言ってくれた」
楓はアイスカフェオレで唇と咽喉を湿しながら慎重な口振りで語った。
「……大丈夫ですか、楓さん」
改めて尋ねる。楓は隼太に拉致監禁されたことがある。無事に救い出されたものの、その記憶は時に悪夢となって楓を苦しめた。うなされる楓の背中を、何度、撫でさすったことか。
「うん。私は、ことさんが大事だから、その為なら勇気が出るの」
「……ありがとうございます。けれどもう、隼太さんに一人で会いに行ったりしてはいけませんよ。菅谷にも近づかないように」
「はい」
楓は深々と頷いた。
――――ああ、蝉が鳴いていた。今までそれどころではなかったので気づかなかった。気づいた途端、それはオーケストラとなり押し寄せた。さて恭司である。
「恭司さん」
「……」
「言いたいことはお解りですね」
「私が我儘を言ったの。恭司君は危険だからって反対した。ことさん、恭司君は悪くない」
「一回り以上年下の娘に言いくるめられてどうします。貴方は隼太さんのストッパーとなる積りだったかもしれませんが、彼はそんなに甘い人ではありませんよ。よくお解りでしょう」
私は楓に構わず言うべきことを言った。恭司の長い睫毛が伏せられる。反省はしているらしい。ともかくもと再び息を吐く。
楓が無事だった。
楓が無事だった。
私にとって、そのこと以上に重大事はなかった。
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冬来たりなば春遠からじ。コトノハ響けと願っております。




