最愛のあなたたち
帰宅した家は無人だった。楓はまだ学校から帰っていないらしい。只、もーちゃんが姿を現し身を摺り寄せて来たので撫でてやった。人恋しい、という感覚がもーちゃんにもあるのだろうか。私は早めの風呂を沸かし、ゆっくり湯舟に浸かった。思った以上に今日一日で蓄積した疲労が湯に溶けて流れ出るようだ。ほう、と息を吐く。隼太にも、聖にも、怪我がなくて良かった。音ノ瀬に限らず血が流れるのを私は好まない。隼太などが聴けば甘いと嗤うのだろう。
あれは特殊だ。
祖父である音ノ瀬隼人から戦争の惨禍を疑似体験させられた。しかも幼少期にだ。初めて出逢った時、彼は小さな命たちを殺めていた。狂わないほうがおかしいのだ。けれど実際に正気を失くしていたのは、隼太ではなく、その父親である大海だった。最愛の女性を亡くした悲哀。隼太は強靭な精神力で、祖父の呪いを克服した。しかしその名残は彼の持つ思想に少なからず影響を及ぼした。
深く息を吸うと、湿気が口内に入り込み、むせてしまった。咽喉が乾いた。思考の渦はきりも果てもないから、このあたりで上がろう。
「ああ、生き返る~」
オレンジジュースを喜ぶのは何も子供だけではない。しかもうちにあるオレンジジュースは濃縮果汁だ。新鮮で甘い液体の得難さと言ったらない。聖がそんな私を嬉しそうに見ている。昔からそうだ。私が嬉しい時、喜んでいる時、聖は共鳴して嬉しさと喜びを分かち合ってくれる。それは悲しみにしてもそうで、だから聖は、私の特別になったのかもしれない。
「聖さんもお風呂へどうぞ」
「ではお言葉に甘えて。怪しい気配があっても近づいてはなりませんよ」
釘を刺すのを忘れない。やれやれ、私は彼の中でまだ小さな子供であるようだ。
浴衣姿で縁側に座り、団扇を扇いで涼んでいると、楓が帰ってきた。帰るなり抱きついてきたのは、心細さがあったからか。心配させたかな。ごめんね。
「ことさん、お帰りなさい。危ないことはなかった?」
「何もありませんよ。大丈夫」
「……嘘のコトノハ。ことさん、嘘ついてるでしょう」
うん、まあばれるよな。
ふうと吐息を一つつき、私は仕方なく口を開いた。
「隼太さんと遭いました」
「隼太さん――――。戦ったの?」
「聖さんが少々」
「ひーくんは無事?」
「五体満足ですよ。聖さんは強いですからね。一族でも指折りです」
「でも、隼太さんも強い」
「まあね……。今回は宝珠の一つを掠めとって退散してくれました」
「ことさん。私。私も戦力にならない? もうコトノハも不自由なく使える。恭司君に守られなくても、私は自分で自分の身を守れる」
「楓さん……」
ああ、こういうのが子の成長ゆえの苦悩なのか。親の贔屓目を抜きにして、楓にはコトノハを処方する素質がある。それはもう随分前から解っていたことだった。だが……。私は楓の頬に手を添えた。
「宝子……。宝珠より何より、私は貴方が大事なのです、楓さん。万一にでも傷ついて欲しくない」
楓は目を瞠り、泣きそうな顔をした。
この子に、どのくらい伝わっているだろうか。
私が強く深く愛していることを。楓の為なら何も惜しくないと思っていることを。
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