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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
宝珠争奪編 第一章
263/817

優しさを

 昴は無表情で、眉間にほんの少しだけ皺を刻んでいた。

 蝉は私たちなどお構いなしに鳴いている。

「どうして判った?」

「事前に情報を得ておりましたので。情報戦は相対する場合、重要でしょう」

「確かに。貴方が抜け目のない人だってことはよく解ったよ」

「寄って行かれますか?」

 くすり、と無表情が崩れる。

「変な人だね。嫌だよ、敵の本陣に単身乗り込むだなんておっかない」

「それは残念。丁度、和三盆があるのですが」

「好きだけどね。貴方は変わった人だ。また逢おう」

 身を翻して昴が去って行く。右に左に背中の髪が揺れる。笑っているらしい。彼の最後の言葉に、コトノハめいた作用を感じた。陰陽術の言霊だろうか。無意識かもしれない。言霊とコトノハは極めてよく似ている。私は家に入り重たい荷物を置いて一息ついた。聖が出てきて、バッグをひょいと受け取る。それから顔を僅かに顰める。

「やはり僕が行ったが良かったですね」

 私は台所に聖を従えて向かいながら緩く首を振る。

「途中からは親切な人が持ってくださいました」

「ああ、それは良かった」

 冷蔵庫や水屋に買って来た物をてきぱきと入れながら会話を続ける。

「――――菅谷昴」

 紅玉が大きくなる。

「会ったのですか」

「はい。様子見といったところでしょうか。好青年でしたよ。家に上がるよう勧めたのですが断られました」

「それはそうでしょう。こと様は鷹揚過ぎる」

 小言を頂戴しながら座卓に着くと、気持ちの良い風が吹き込んで来た。もーちゃんがとてとて寄ってきて、私の隣にちょこんと座った。楓が学校で寂しいのだろう。聖が出してくれた100%オレンジジュースを飲むと生き返った心地がする。食べて飲んで寝て起きて。それが人なのだ。

「悲しみの気配がした……。嘗ての私のような」

「父親が父親ですからね。無理からぬことかと」

「けれど向こうはこちらの殺害も厭わない心積もりで来るだろう」

「お守りしますよ」

 軽い言葉は値千金。私は左手首の腕時計とブレスレットを触った。

 全てを。

 全ての人を救う術などない。

 ゆきずりに触れた人はどうだろう。桜や昴を、菅谷の因習から解放してはやれないだろうか。そこまで考えた私は自嘲した。彼らは彼らなりの意思で菅谷に留まり祐善の命で動いている。元より私の口を出す事柄ではないのだ。麒麟は勇魚の死によって菅谷とはほぼ完全に切れたようだが、桜や昴に同様のことを求めるのは困難だろう。また、解放の代償が誰かの死であることも頷けない。私の心は重く水中にぶくぶくと微細な泡を生じながら沈むようだった。水面には聖や楓の顔が見えて、ああ、手放せないと感じた。菅谷が暗い因習で縛られているなら、音ノ瀬は愛情で緩やかに繋がっている。そう信じたい。



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作中のコトノハが生きる一助となれば幸いです。

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