悲しき刃二振り
その晩は土砂降りだった。
ある料亭の一室で、隼太は菅谷祐善と向き合っていた。上等の料理、上等の酒。
この男はこうした物に囲まれて生きて来たのだろう。どうでも良い。隼太は盃の酒を干した。烏の隼太を使い、念書を交わし合った訳ではあるが、やはり一度、顔合わせを、ということで隼太は祐善と逢うことになった。祐善は余り喋らず、出された料理を口に運んでいる。隼太は自分から水を向けてやることにした。新鮮な刺身を食べ、また酒を飲んだ後。
「御子息たちには苦労しているらしいな」
祐善は箸を止めず淡々と答える。羹を二つに割り、片方を食べて言葉を発した。
「あれらは子と言う名の道具でな。使える限りは使うまで」
「実利的だ」
それは隼太にとってすんなり受け容れられる理屈だった。実利的と言ったのは、彼にとって称賛だった。鱈の天婦羅を齧り、嚥下する。菅谷御用達であるらしいこの料亭は味が良い。
だが大海はどうだろうなとふと思う。彼は、自らの息子である隼太を愛している。何かあれば駆け付ける。祐善とは程遠い。そしてそんな大海の存在を、特別なものとして心に留める自分を隼太は知っていた。
開け放たれた障子から見える雨はざんざんとして地中にまで沁み通りそうだ。
恭司もそうだ。殺すと言ったが、無理だろう。そう考える程度には情が湧いてしまっている。恭司は、隼太のコトノハの偽りを聴き分けただろうか。
「君は悲しい色をしているな」
祐善の言葉は意外だった。人格的にも、そうした類の言葉を言う人間には見えない。だが今の言葉は確かに、祐善の口から発されたものだった。そして、その言葉は隼太にとって不快だった。それを見て取ったかのように、祐善は酒を飲みながら語る。
「陰陽を長くしていると見えぬものも見えるようになる。音ノ瀬隼太。君はとても強い。私の知る陰陽師で、君に敵う者は、私を除いてはごく稀だろう。だが、悲しい。悲しき刃だ。一体、過去にどれだけの悲哀があればそのようになるのか」
「顔合わせで、こうも無遠慮な言葉をぶつけられるとは思わなんだ」
「気分を害したか。済まぬな。落ち着かれよ」
ざあざあと雨が降る。漆黒の中の銀線。
「――――昔、愛した女がいてな。父親に、菅谷の嫁に相応しくないと殺された。その父を私は殺し、菅谷を継いだ。以降、どんな女も愛することが出来ぬ。その子も同様」
「あんたの周りの女子供にははた迷惑で気の毒な話だな」
「そうだ」
くいっと祐善は盃を呷った。
成程、この男は子供の誰が死のうが、嫁や愛人の誰が死のうが、何の痛痒も感じないのだろう。
「宝珠に何を望む?」
「菅谷の更なる繁栄を。女が望んでいたことだ。立派な家の、立派な当主になれと」
「過去に囚われた蒙昧だ」
「かもしれぬ」
隼太は全てを了解した。祐善は隼太を悲しいと言った。それは祐善の鏡映しだ。本当は祐善こそ悲しい。この男はその悲しさも己の酷薄さも愚かさも、全て解った上で、たった独りで極寒の浮世を生きているのだ。
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