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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
宝珠争奪編 第一章
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美しさと寂しさと

 ゆるゆる振り向いたのは、まだ若い女性だった。私には彼女が菅谷祐善の娘、菅谷桜と知れた。秀一郎より事前にもたらされた情報である。恭司と楓が折り重なるように中腰になっている。おい、恭司。私の楓を守り抜けよ。

 まあしかし、恭司の体たらくも解らないでもない。目の前の女性からは殺気や敵意がない。例えるなら広い屋敷の一角で、金色の鳥籠に小鳥を飼って慈しんでいそうな雰囲気がある。前に出ようとした聖を制し、私は一歩、踏み出した。

「お初にお目にかかります。音ノ瀬の御当主様。私は菅谷祐善の娘、桜。そこな貴方の愛し子を相手取った者です」

「楓さんはうちの次期後継。ですがまだ未熟ですね。恭司さんと揃って貴方一人に歯が立たないとは」

「娘御を責めなさいますな。寧ろその手腕には驚かされました。これでも私は物心ついてより、陰陽の道を究めてまいりましたのよ」


 桜が両手を広げると、吹雪が再び桜吹雪となり、私たちに被らんばかりの勢いで迫った。

美しい術を使う娘だ。

 それでは美しさで返さねばな。

「朝顔はしぼみ、牡丹は崩れ、椿は落ち、菊は舞い、梅はこぼれ、桜は散る」

 桜吹雪が一瞬で夢幻のように掻き失せた。

 花にまつわる呪術全般に有効なコトノハだ。桜は呆然としているように見えた。けれど、両手で口元を覆い、くすくす笑い出した。

「とても綺麗ですね。音ノ瀬現当主の処方されるコトノハは。見惚れてしまいました。そちらの白髪の方はさしずめ副つ家の音ノ瀬聖さんでしょうか」

「ええ、私の夫です」

 桜が目を細くする。

「羨ましいこと。楓さんも、御当主様も、素敵な連れ合いがおありで」

 言葉を切って、桜はしばらく黙った。聖は警戒を怠っていない。

「私は、叶うなら貴方たちのような人とこそ、共に語らい、お茶を飲み、笑い合いたかった。菅谷の家には力こそあれど情がない。私はそれをとても悲しく思います」

 柔らかい、手毬のようなコトノハだった。

 悲しさと寂しさが匂うコトノハだった。

 楠の大樹がざざざと鳴る下で、桜は日傘を開き後ろを向いた。

「いずれまた相まみえましょう。その時まで御機嫌よう」

 彼女の後ろ姿が見えなくなると、私は楓の無事を確認し、念の為、桜の術の後遺症がないようコトノハを処方し、それから恭司の傷を癒し、さて心置きなく、と言った感で恭司の頭をタコ殴りした。

「いてててててててて」

「この莫迦者が、すっとこどっこい、似非天使(えせてんし)めえええええ。よくも楓さんの身を危険に晒したな。口だけか、口だけなのかお前はっ」

「こと様、落ち着いて」

「ことさん、止めてあげて」

 ふーふーと鼻息荒く聖たちに宥められる私を桜が見たら、先程のコトノハを処方した人間とは別人だと思うに違いない。だが冷や汗をかかされたのは事実なのだ。楓が無事で良かった。

 しかし恭司が不覚を取ったのも解る。陰陽術とコトノハは、似て非なる別物で、どうにも勝手が違う。おまけにあの桜という女性のように敵意のない相手に対してはどう処して良いか戸惑いもする。聖が祠の扉を開け、少し拝んでから御神鏡、もとい宝珠を取り出した。

「……」

 桜からは麒麟にも似た寂しさ、孤独の気配がした。私の幼少期を思い出す。

 力ある家の子供は等しく皆、孤独なのだろうか。

 ならば力とは、何の為にあるのだろう……。

 


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作中のコトノハが、生きる一助となれば幸いです。

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