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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
風姿花伝編 第四章
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シャインマスカット

 隼太は今の状況を別段腹立たしくも思っていなかった。こととその周囲の人間を鑑みれば、予測出来る状況ではあったからである。傷ついた子は優しさと温もりに弱い。麒麟はことに就くだろうと考えていた。恭司が自分を抑制する動きをすることも、その予測の範疇だった。ねぐらにしているマンションの一室で、ウォッカを飲みながらソファに身をもたせかけていた。少し離れた隣には恭司が。向かいには大海がいる。恭司はコーヒーを、大海はカルーアミルクを飲んでいた。

「恭司、眠れなくなるよ。もうすぐ、十時になる」

「あんまり眠れなくても良いよ。俺はショートスリーパーなんだ。大海さん、甘いもん飲んでんな。そんなんで酔えるか?」

「カルーアミルクは結構、度数があるんだよ。磨理も好きなんだ。他のお酒は苦いけど、これは甘くて美味しいわねって、そう言って笑うんだ。花みたいに」

「……ご馳走様」

 隼太はこの会話を聴いて心中で微苦笑する。大海の言葉は惚気のようだが、真実において磨理はもうこの世の人間ではないと〝知覚しないで〟言う人生の先達に、恭司が複雑な思いを抱いたことは確実だった。家の呼び鈴が鳴ったのはその時だった。立ち上がり、ドアスコープを覗いた恭司が一瞬、固まったのを訝しく思う。訝しいと言えばこの時間の来客、更にここが隼太の家でもあることを知っていることもそうだった。

 来客はことと聖、それともう一匹、妖がことの足元にちょこん、といた。


「こんばんは。夜分の訪問をご容赦ください」

「音ノ瀬当主が、礼儀作法のなっていない女と知れればあの世の両親が嘆こう」


 早速、隼太の憎まれ口だ。私は聴こえなかったことにして、受け流した。隼太は口では迷惑がっていることを言いながら、室内には入れてくれた。

「適当に座れ。うちはお宅とは違う。茶は出さんぞ」

「解っています。今日はもーちゃんの紹介と、詫びの品を持ってきたのです」

「もー?」

「もーちゃん。この子です」

 言うと隼太は私の膝に座るもーちゃんをじろりと見る。もーちゃんは大きな一つ目でじっと見返している。大した胆力だ。対になったソファーのあちら側に隼太と恭司、大海が、こちら側に聖と私ともーちゃんが並んでいる。

「式か」

「はい。ゆえあって、私共で引き取ることとなりました」

 隼太は至極どうでも良いという顔をした。この男は凡そ取り乱すことがない。

「詫びとは?」

「見かねてとは言え、貴方の宝珠集めの邪魔をしました。その詫びです。心ばかりの品ですが」

 私は静かに聖が持っていた風呂敷を引き取り、それを広げてソファーの真ん中にある木を白く塗装したらしきローテーブルに、詫びの品を置いていった。塩麴(しおこうじ)、ナンプラー、レバーペースト、某有名ホテルのミートソースの缶詰、オイルサーディンの缶詰など。それからシャインマスカットを一房。

 夜に美食の要たちが姿を現していく。匂いまで漏れ出るようだ。恭司の腹が鳴ったのをも、私は聴こえなかったこととした。

「大層な逸品揃いだがな、宝珠の代わりにはならんぞ。それにこんな夜更けに水木楓を独りにして良いのか」

「麒麟さんが、麒麟さんの式神をつけてくれています。それから結界も。こちらに昼間、訪れるのは、少し(はばか)られましたので」

 常に危ない橋を渡っている隼太たちだ。昼間は捕まらないだろうし、それなら夜に急襲したが良いだろう。

「どこでこの場所を?」

「蛇の道は蛇、です」

 私は弧を描く唇の前に人差し指を置いた。恭司が楓の無事を確認してから、さっさと席を立ち、鍋を火にかける。パスタを戸棚から取り出しているところを見るとミートソーススパゲッティに食欲を刺激されたらしい。夜に高カロリー摂取することへの恐れを知らぬのは若者の特権か。恭司はそう若くもないが。


 その後。

 なぜか流れで宴会となった。なぜか。

 私の持参した物が次々と使われ、料理の皿が増えていく。大海も隼太も当然のように料理をすることに驚いた。濡れたような黒い夜に明るく煌々と温もる家は健全ではある。傷を負った後、体重がかなり減っていたので、この時間に食事をすることも(いと)うものではないのだが……。

 飲み、食べ、他愛ない時間を共有出来るとは私は予想だにしていなかった。相手は言わばお尋ね者である。必要であれば極めて冷酷な手段も辞さない。結局、隼太は私を許してくれたのだろうか。

「傷を負っただろう。お前のことだ、治さずに痕を残すんだろう」

 つまり、それに免じて?

 隼太は、多くは語らず、豪快に飲み食いして私たちを送り出した。シャインマスカットは不思議な程に甘かった。

 

 ことたちを送り出した隼太は、部屋の一室に足を向けた。途中で大海が寝てしまったので、恭司が一人で洗い物をしている。

 小さな部屋の戸を開けると、濃い血臭が鼻を突く。ことたちに飲食させたのは、万一にもこの臭いに気づかれない為でもある。

 そこには丸椅子に、両目を潰され、未だ窪んだ眼窩(がんか)から血を流す男性が手を後ろ手に縛られていた。陰惨な拷問のあとが窺える。

「宝珠を渡す気になったかな?」

「……何度、言われても答えは同じだ。あれは、我々の組織の命綱……」

「そうか、残念だ」

 隼太が何の躊躇もなく、持っていたアイスピックで男性の太腿を突き刺す。男の上げる悲鳴は、外には届かない。



「こと様、どうなさいました?」

「……いえ、何でも。夜は今の季節でも涼しいですね」

「じき、熱帯夜にもなりますよ」

「ええ」

「シャインマスカットは甘かったですね」

「はい」

 そう、甘かった。

 隼太の対応も。

 不思議な程に甘かった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 隼太はやはりどこまで行っても隼太。彼にとって食事をすることも他者を傷つけることも呼吸と同列程度。
[良い点] 選び抜かれた言葉の美しさに心奪われます。その言葉によって大切に紡がれていく日常、そして争い。 敵に回ると思っていた麒麟の秘められた悲痛な思いに心が痛みました。 [一言] 心が荒れているとき…
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