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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
風姿花伝編 第四章
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この暮れ方の痛ましさ

 楓はすっかり毛むくじゃらの妖のことを気に入ってしまった。もーちゃんと名付けて青い毛をブラッシングしている。もーちゃんはされるがままだ。麒麟曰はく、こと人外においては特に名付けには重要な意味があり、命名した人間には逆らえない。だからもーちゃんが楓を害する可能性は今後ないだろうと言われ、私は安心した。もーちゃんは本当に消えることも出来るようで、宿の人間に気づかれた気配もない。私たちは残り日数、温泉や料理で楽しみ、帰途に就いたのだった。


 数日空けて帰った家はいつもどこか余所余所しい。あらお見限りだったわねと言わんばかりの空気が滞留している。玄関に入り、換気をして、荷物を整理している間に、やっと懐かしさが湧いてくるのだ。反物の宝珠は、いつもの部屋に大切に仕舞っておいた。

 今は暮れ方で、それにしては明るい朝のような青の空に爪痕に似た細い月が浮かんでいる。蝉がまだ鳴いており、私は荷物の整理を一段落つけると、緑茶を薄めに淹れた。聖も楓もほっとした顔をして湯呑みを持っている。もーちゃんは今は見えないがどこかにいるのだろう。ここが我が家と聖も楓も思ってくれている様子が窺えて私はそこはかとなく嬉しくなる。私たちは家族なのだ。

 月桃香を焚き、釣忍の音を聴くと、帰って来たという感覚が尚、強くなる。この空気。人は家に帰るのではなく、家に漂う空気に帰るのかもしれない。もーちゃんが縁側にちんまり座っているのが見えたので、手招きした。毛を手櫛で梳いてやると何とも言えない心地好さそうな顔になる。可愛いな。

「よしよしよし」

 ん。聖と楓が微妙な表情をしている。何だ、妬いているのか?

 私は苦笑して、もーちゃんから手を離すと、楓と湧いた風呂に向かった。もーちゃんはそのあたりは弁えているようで、風呂にまでついてくることはない。前の主人が女性だったので、習い覚えたのかもしれない。

 風呂から上がると台所で、聖が夕食の用意をしてくれていた。とは言っても旅館でたらふくご馳走を食べて、胃が疲れ気味である。卵雑炊に三つ葉を散らしたものと冷奴が今晩の献立だ。よく出来た夫である。聖が入浴中、私は桔梗柄の浴衣をいつものように着て、縁側に座り団扇を持って扇いでいた。楓も隣で寛いでいる。もーちゃんはどこかな。


 宝珠はあとどのくらい集めれば良いのだろう。


 詳しい個数を雅常殿に訊いておけば良かった。いずれにしろ間違いないのは、私が自分の犯した罪を軽減しようと皆が奔走している訳で、つくづく業の深い人間である。そこまでする価値を、皆が私に見出してくれているという事実が、私には不思議でならなかった。浴衣の襟の少し開いた部分。傷痕に触れる。傷つけたくない。他の人たちを宝珠集めの為に傷つけたくない。私は良い。私は良いのだ。自業自得だから。けれどこれを言うときっと私の大切な人たちは、優しい人たちは、悲しい顔をするのだろう……。



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作中のコトノハが良いものとして服用されると幸いです。

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