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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
風姿花伝編 第四章
252/817

うちにおいで

 (ぬし)(さま)に 主様に

 光るお宝差し上げろ

 金銀真珠に珊瑚、瑠璃


 主様に 主様に

 光るお宝差し上げろ


 うたた寝していたらしい。宿の心尽くしの料理(川魚の刺身や脂の乗った牛ステーキ)を堪能して敷かれた布団の上で楓と話していた途中だった。浴衣の上に羽織りが掛けてある。外はもう真っ暗闇で、近くに民家がなく空気が澄んでいるせいか星がとても綺麗に見える。満天の星に、楓は今も見入っている。それから私を振り向き、笑った。

「ことさん、目が覚めた?」

「ええ。寝てしまっていましたね」

「やっぱり身体がまだ快復し切ってないんだよ。今日は晩酌せず早く休もうね」

「宿の自動販売機に缶酎ハイがあったのですが……」

「早く休もうね」

「……はい」

 そう言えば夢を見た。毛むくじゃらの妖が、歌を歌っていた。無邪気な声なのに、どこか聴く者の胸に迫る色を帯びていた。

「こと様。入ってよろしいでしょうか」

「聖さん。どうぞ」

 許可すると聖だけでなく秀一郎や麒麟まで入って来る。何事だ。女の園だぞ。

「宝珠の気配が近いので、僕たちは外に出て来ます。こと様は楓さんとこちらに」

「私も行きます」

「なりません。傷に障るといけません」

「私はこの宝珠に関する事柄の中心です。責任もあります」

「……」

 押し切って、宿で懐中電灯を借り、私たちは外に出た。楓は部屋で待機だ。ちょっとだけ恨みがましい目をされたが、あの子を危険に晒す訳には行かない。音ノ瀬の当主となるのであれば、いずれは嫌でも遭遇することなのだ。夜は温度が下がり、とても涼しい。宿の人に熊に気を付けるよう真顔で言われた。その時、熊除けの鈴も渡されたので、それを鳴らしながら、私たちは宝珠の気配に向けて歩いている。

 ――――――――いた。

 青い毛むくじゃら、大きな一つ目の妖。手に真珠色の反物を持っている。

 私が夢で見た妖だ。


「主様に 主様に 

 光るお宝差し上げろ」


 光るお宝とは宝珠、つまりあの妖が手にしている反物のことだろう。とても大事そうに掲げ持っている。交渉の余地はあるだろうか。私は一歩、妖に近づいた。歌と妖の歩みが止まる。

「……主様? 違う、お前、只の人間だ。んん? 只のでもない」

「こんばんは。貴方の持つ、その反物を、お譲りいただけないでしょうか」

 すると妖の纏う空気が一変した。青い長毛が赤に染まる。

「盗んでとろうという魂胆だな。これは主様に差し上げるのだ」

 そう言って妖は針のように変化した大量の毛をこちらに飛ばしてきた。聖が私の前に出る。

(ぼう)

 針は私に一本も届かず、地に落ちた。妖は狼狽えている。

(ばく)

「聖さん、手荒なことはしないでください」

「承知しております」


 再び青に戻った妖は、蹲り、ほとほと大きな一つ目から涙を零した。


「何で? ご主人様。戻ってきてくれない。綺麗な物あげたら、喜んでくれると思ったのに」

「お前の主は陰陽師系統の人間だったんだな。式神の後始末をしないで主人が死ぬと式神は暴走する」

 麒麟が専門家らしい言葉で冷静に分析する。それから親指と小指を屈して掌の中に入れて印を結ぶ。

「オン・ハラチビエイ・ソワカ」

 優しい響きの陀羅尼(だらに)だった。私は大人しくなった妖の毛を撫でた。

「よし、よし。寂しかったですね」

「…………」


 あおーん、と急に妖が大声で泣き出したので、私たちはびっくりした。狼の遠吠えにも似ている。あおーん、あおーん、と泣くだけ泣いて、妖は私に反物を差し出した。それから思いもかけないことを言う。

「独りは、もう嫌だ。お前たちに仕えさせてくれ」

 私は一考して聖を見た。任せる、と言った眼差しが帰る。まあ、いっか。

「なら俺が引き取るよ」

「俺、この人が良い」

 麒麟の申し出を妖はすげなく蹴って私を指した。麒麟はむっとした顔をしたがそれ以上は言わなかった。

「……貴方、白蛇を食べたりしますか」

「しない。木の実とか、葉っぱとか草とか、霧、霞とか食べる。姿を消すことも、出来る」

 意外に草食、且つ仙人のようだ。式神を家に置くのは初めてだが、相談があったら麒麟に持ちかけよう。スペシャリストだ。

 私は、実はじわりと熱が出てきているのを感じていたが、努めて何でもないように振る舞った。

 夜の樹々がざざあ、と鳴る。暗闇に包まれた山は生きているようで。涼しく荒ぶり胎動しているようで。

 私は妖に手を差し出した。




「それならうちにおいで」




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作中のコトノハが日々の営みの一助となれば幸いです。

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