ふるさとより
殊に秋のよく似合う場所だった。
まなこと身体に沁み入るような青い空。
透明で清らな流れに赤い葉が乗り、どこまでも流れて行く。
私の作った笹舟も。
もう一つの笹舟に添うようにして。
そこにゆけばいつも遊び相手になってくれる少年を、その風貌から私は〝ウサギさん〟と呼び慣れ親しんでいた。
赤い目をしたその生き物は決して私を傷つけない。
コトノハは私を敬い慈しむ。
父と母に連れられて行くのが楽しみだった。
陽が橙色に傾き、帰るよと声をかけられるとひどく名残惜しく感じた。
幼心に郷愁を知らしめられたのだ。
緊急時には一族の避難場所ともなる。
兎追う、竹林の向こうにある私のふるさと。
「秀一郎さんの差し金という訳ですか」
私は俊介と聖の前に、温めの緑茶を入れた切子硝子の茶器を置いた。
インクブルーにたゆたう淡い翡翠の水面を、聖の赤い目が一瞥する。
赤い双眸は翡翠もインクブルーも反映せず全ての色を吸収してしまうようだ。
「お察しの通りです。頂戴致します」
聖は首肯して、切子硝子を手に取り茶で喉を潤した。
「ご本人は?」
「逃げましたよ、当然。御当主の不興を買うと承知で顔を出す筈もない」
白髪を揺らして聖が笑う。
竹林が揺れて鳴るみたいに。
私は嘆息した。
「山田さんまで巻き込んで」
「仕事です、ことさん。俺は秀一郎さんから正式に、ことさんたちのボディーガードを依頼されたんです」
俊介が真剣な顔で言うので、何だか可哀そうになる。
「それを巻き込まれたと言うのですよ」
私は憂いを含んだ声で断じた。
重音嬢と楓は庭に出て、小さな楓の樹の置き場所を探している。
――――あの子を守らなければならない。
その為には秀一郎の計らいを受け容れる必要があった。
ではあるが。
「女二人の住まいに居座るおつもりですか、お二方」
俊介と聖が顔を見合わせる。
「俺は自宅から日参します。聖さんは……」
「こちらに置いていただけると助かります。僕の場合は自宅から日参ということも叶いませんので」
ふう、と私は息を吐いた。
「支障があるのですけど……」
「白兎が一羽、紛れ込んだとでもお思いください」
「そんな可愛いもんじゃないでしょうに」
「そろそろ柴漬けを漬けられる時期では?梅酢を持参しました」
そう言って聖は彼の目より濃い赤の液体が入った硝子瓶を、ちゃぽん、と揺らした。
用意の良いことだ。
「切に望むことがおありなら」
聖の口調が切り換わる。
「兎の一羽や二羽、懐に置かれませ」
切に望むことがあるならば。
五年前も聖はそう言った。
そして私は両親を見送った。
あの時のことを私たちは今でも後悔している。
だから彼はここに来たのだ。
もう後悔したくないと苦い思いを舐めながら噛み締めながら私たちは生きている。




