破れたブラウス
「遅かったな」
隼太は私たちが来ることを予期していたかのように言った。恭司は眉をひそめている。鉄扉は締まっていた。どこか別ルートからここに至ることが出来るのか。隼太のナイフについた血は、龍のもののようだ。青銀の鱗が傷ついている箇所がある。瞳は龍の怒りを表すように真っ赤に濁っていた。
「まだここが児童公園となる前、術者にとっ捕まって身動き出来ずにいた龍だ。業者は触らぬ神に祟りなしと放置したんだろう。平和主義者のお嬢さんたちは下がっていろ。俺の宝珠収穫の邪魔をするなよ」
どうやらあの龍の鱗の一枚一枚が宝珠らしい。それは龍が生きるにも欠かせないものの筈。全て奪おうと言うのか、隼太。
「解」
コトノハで縛っていたであろう龍を解放する。途端に龍は咆哮し、隼太たちに向かって行った。ちっ、と舌打ちし、迎え撃とうとする隼太の前に聖が滑り込む。上手く龍の突進を小声の処方でいなしてくれた。それから聖は貴人を導くように恭しく私の手を取り、龍の傍まで導いた。龍の濁った赤がぎょろりと私を睨む。
「申し訳ありませんでした。こちらの身勝手で、貴方に傷を負わせてしまいました。更にその上で図々しいのですが、貴方の鱗を数枚、分けて頂けないでしょうか」
私は誠心誠意、心を籠めて龍にコトノハを処方した。しかし龍は唸り、右腕を大きく払った。その、鋭い爪が私の胸部を切り裂いた。
「こと様っ!」
「愚かだな」
聖が私に駆け寄る。支えようとした聖を制して、私は再び龍に、人に住処を追い遣られ、孤独に過ごしていたのであろう龍に歩み寄った。息が荒くなる。信じられないくらいに傷が痛い。だがやらねばならない。
「癒」
私が龍にコトノハを処方すると、痛々しかった流血がピタリと止まった。ふ、と龍の目に柔和が兆す。龍は戸惑っているようだった。私は龍の頭を抱き締めた。楓にするように。
「貴方の心に、どうか一日でも早く平穏が戻りますよう」
龍が、小首を傾げる。私は少し距離を取った。数秒、龍は動かず沈黙していた。隼太の腕を恭司が押さえてくれている。彼は隼太の味方だが、ストッパーでもある。次の瞬間、驚くべきことが起こった。龍が身震いし、その拍子に鱗が数枚バラバラと落ちたのだ。目を瞠る私たちをちらりと見ると、彼はのっしのっしとねぐらと思しき方向へ去って行った。暗いので定かではないが、円筒形のこの場所を中心にいくつか枝分かれした道があるらしい。
どこまでも変わらないのが隼太である。彼はそれまでの経緯にまるで頓着せず、鱗を拾い集め始めた。
「聖さん。私たちも」
「傷の手当が先です」
聖は無表情だが、怒りと嘆きの気配があった。
「癒」
「ああ、気に入っていたんだけどな。このブラウス」
「こと様」
「解っている。……済まない、聖」
その言葉を最後に私は聖の腕の中で気を失った。
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あなたに寄り添うコトノハに出逢えますように。




