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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
風姿花伝編 第四章
240/817

矜持はラム酒の香りとともに

 私のコトノハに揺らぎもしない巌のような男性相手に、声を上げたのは秀一郎だった。

「御当主。参りましょう。これ以上こちらにいても、互いに得るものがありません」

 得るもの……。

 私は何が得たかったのだろう。麒麟の救済、麒麟の癒し……。

 頼まれた訳でもないのに家にまで押しかけ、挙句、祐善の冷えた心根を見ただけ。麒麟が知れば嫌悪に顔をしかめるのだろう。

「こと様」

 聖も私を促した。

「帰られるか。愚息に会ったら宝珠をもっと集めるよう言っておいてくれ」

「……」


 秀一郎の車に乗り込んだ私は、拳で座席のシートを一発殴り、それから、はああ、と怒気と共に息を吐き出した。聖も秀一郎も何も言わない。秀一郎が車を発進させながら言う。

「あの喫茶店に行きましょう。美味しいものを吸収して、今後の計画を立てたが良いでしょう」

 実に建設的な意見に、私も聖も反対する理由がなかった。


 喫茶店には可憐な空色朝顔が飾られていた。季節を感じる。

「麒麟をこちらに取り込みましょう」

 薫を一口飲んでから、そう切り出したのはやはり秀一郎だ。

「そう簡単に言い含められるタイプとも思えないけれど」

 これは聖。

 パウンドケーキをもすもす食べながら、私は口元を手で隠して言った。

「こうなると隼太さんの意見も聴きたいですね」

「彼は人情の機微に頓着しません」

 ラム酒の風味がコーヒーに絶妙に合う。後者の発言は聖だ。私はパウンドケーキを飲み込んでから再び口を開いた。

「いえ、彼は存外、繊細な気質を重んじます」

「ことさんはお甘い」

 秀一郎は手厳しい。コーヒーカップの縁を飾る青いレース模様を、彼の長い指がなぞる。

「音ノ瀬隼太は徹底して合理主義で実利主義です。宝珠を三者で仲良く分け合おうなどという提案に、乗るとはとても思えません」

「私が話してみます」

 そこで男二人が沈黙した。先程の祐善相手のように、手酷く突っぱねられ、私がまた傷つくのではないかと危惧しているのだ。

舐めるなよ。

「音ノ瀬の当主として、菅谷の当主候補に話をする。隼太も同席させる。以降、この件に関して否やは言わせない」

 強いコトノハを処方する。もしかすると祐善相手の時以上に。

 聖と秀一郎は目礼してそのコトノハを服用した。私は悲しみにめそめそと沈むだけの只の女でいてはいけないのだ。私は音ノ瀬家当主。歴代最高峰のコトノハの遣い手だ。



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