矜持はラム酒の香りとともに
私のコトノハに揺らぎもしない巌のような男性相手に、声を上げたのは秀一郎だった。
「御当主。参りましょう。これ以上こちらにいても、互いに得るものがありません」
得るもの……。
私は何が得たかったのだろう。麒麟の救済、麒麟の癒し……。
頼まれた訳でもないのに家にまで押しかけ、挙句、祐善の冷えた心根を見ただけ。麒麟が知れば嫌悪に顔をしかめるのだろう。
「こと様」
聖も私を促した。
「帰られるか。愚息に会ったら宝珠をもっと集めるよう言っておいてくれ」
「……」
秀一郎の車に乗り込んだ私は、拳で座席のシートを一発殴り、それから、はああ、と怒気と共に息を吐き出した。聖も秀一郎も何も言わない。秀一郎が車を発進させながら言う。
「あの喫茶店に行きましょう。美味しいものを吸収して、今後の計画を立てたが良いでしょう」
実に建設的な意見に、私も聖も反対する理由がなかった。
喫茶店には可憐な空色朝顔が飾られていた。季節を感じる。
「麒麟をこちらに取り込みましょう」
薫を一口飲んでから、そう切り出したのはやはり秀一郎だ。
「そう簡単に言い含められるタイプとも思えないけれど」
これは聖。
パウンドケーキをもすもす食べながら、私は口元を手で隠して言った。
「こうなると隼太さんの意見も聴きたいですね」
「彼は人情の機微に頓着しません」
ラム酒の風味がコーヒーに絶妙に合う。後者の発言は聖だ。私はパウンドケーキを飲み込んでから再び口を開いた。
「いえ、彼は存外、繊細な気質を重んじます」
「ことさんはお甘い」
秀一郎は手厳しい。コーヒーカップの縁を飾る青いレース模様を、彼の長い指がなぞる。
「音ノ瀬隼太は徹底して合理主義で実利主義です。宝珠を三者で仲良く分け合おうなどという提案に、乗るとはとても思えません」
「私が話してみます」
そこで男二人が沈黙した。先程の祐善相手のように、手酷く突っぱねられ、私がまた傷つくのではないかと危惧しているのだ。
舐めるなよ。
「音ノ瀬の当主として、菅谷の当主候補に話をする。隼太も同席させる。以降、この件に関して否やは言わせない」
強いコトノハを処方する。もしかすると祐善相手の時以上に。
聖と秀一郎は目礼してそのコトノハを服用した。私は悲しみにめそめそと沈むだけの只の女でいてはいけないのだ。私は音ノ瀬家当主。歴代最高峰のコトノハの遣い手だ。
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