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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
花屋敷編 第二章
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時計兎

 懐かしい夢を見て目覚めると、吹く風が私の髪をさわらと揺らした。




 客間にある漆黒の卓上に、小さな楓の樹を根付かせた石がある。

 幼い子供でも抱えられるくらいの佇まい。

 葉はまだ青く五指も揃わない。時が来れば紅葉、落葉する。

 黒い石に苔むす緑。

 これに葉の赤が加われば色のコントラストがさぞ美しいだろう。

 

 緑から黄、黄から赤に変じ、赤が落ちれば季節はまた巡る。

 四季時計。


 この一抱えの情趣は、公園で開かれていた盆栽市に楓と出かけて買って来た物である。

 自分と同じ名前の小さな樹に、楓は強く興味を示した。

 労わり、育む心を学ぶには良い機会かもしれない。

「表面が乾いてきたら水をあげるんですよ。春や秋は毎日、冬は二、三日に一度。よく様子を見て、大事に育ててください」

「はい」

「お庭の、楓さんの好きなところに置くと良いでしょう」

「どこでも良いの?」

「陽当たりが良く、風が通るなら。時々、コトノハを掛けてあげてください」

「毎日でも良い?」

「良いですよ」

「一日に何回でも良い?」

「良いですよ。優しいコトノハなら」

 重ねて訊く楓に笑みが浮かんでしまう。

「やったあ!」

 晩秋のように頬を色づかせた楓は、両腕を上げて万歳した。


 自分より小さな楓の樹を幼い楓が、幼い楓を私が、両のかいなに包んでいる、そんな現状。

 愛情が正しく循環すれば、このような入れ子形式が出来るのだろう。


 ボオン、ボオン、と柱時計が時を告げる。

「お茶にしましょうか」

 我が家では午前十時と午後三時になるとおやつを食べる。

 楓が来てからの習慣だ。

 楓は私に色んなものを運んで来た。

 名前の通り、樹々を揺らす風のように。

 ルイボスティーがブレンドされた、ルビーのように赤い紅茶を飲みながら、紫芋が練り込まれたクッキーを二人でつまんでいると、呼び鈴が鳴った。



 客は重音嬢だった。

 花野家を訪問した際、気が向けばいつでもうちに遊びに来て良いと言っておいたのだ。

 ここまで彼女を運んだ黒塗りの車の運転手は、近くの喫茶店で待機しているとのこと。

 折り目正しく重音嬢が持参したモンブランの詰まった箱を、私は有り難く頂戴した。

 花野家の豪華な洋館に比べれば我が家は非常に慎ましい家に見えるだろうが、育ちの良い彼女はそんなことを露ほども考えている素振りを見せない。


「そうね……。花は百合が好き。一輪で存在感があるものが。でもわたくし、菫のお花も好きよ?」

「あたしはね、あのね、クマさんと、楓と、あ、楓ってあたしじゃなくって樹の楓なんだけど、それとことさんが好き。ことさんは、一番!あと、蝉とビー玉も好き」

「そう。昆虫はルネ・ラリックも好んだモチーフなのよ」

「綺麗?」

「ええ。とっても」


 かっちり噛み合ってはいないんだが会話が成立している不思議。

 アール・ヌーヴォーとアール・デコを代表する芸術家・ルネ・ラリックの名前など楓が知っているとも思えない。

 二人共楽しそうだからこれで良いのだろう。

 だいぶ年の離れた女友達だ。


 また呼び鈴が鳴る。

 はて。今日、来るのは重音嬢だけかと思っていたが。


 玄関に出ると改まった面持ちの俊介と。


「御無沙汰致しております、御当主」


 白髪の頭が深々と下げられ、上がった。

 赤い瞳に、日常が浸食される違和を覚える。

 ゼンマイ仕掛けの時計がぎりぎりと巻き戻される。


 竹林の歌。


〝私のウサギさん〟




挿絵(By みてみん)









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― 新着の感想 ―
[一言] そう言えば……思い出したことがあります。 たった一つのトマトの種をシャーレに落とし、水耕栽培で育てた実験の話です。 その実験をした時、研究していた人達は結構トマトに話しかけていたらしいです。…
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