客人は粉々に砕けていた
それから私は一週間の間、依頼を受けず宝珠も捜さず家で過ごした。家事を聖と分担して行い、学校から帰宅した楓と風呂に入り、その日あった出来事に耳を傾けた。聖も楓も私に何も言わなかった。私の受けた痛手が、彼らには解っているのだ。そう思うと有難くもあり、申し訳なくもあった。夜は楓を抱き締めて眠ったり、聖の腕に包まれて眠ったりした。彼らは結託して私を独りにすまいとしているようだった。そしてその考えは恐らく正しかった。
私はそれだけ弱っていたのだ。
聖に子供のようにくるまれた私は、右手と左手を肌布団の間から出した。そこに光るのはエメラルドとルビー。私にはそれらが聖と楓に見える。彼らこそが私の至宝。聖は眠る時、ぴくりとも動かない。寝息すらほとんど聴こえない。昔からいつもこうなのだ、聖は。眠る時さえ気を抜かない。唯一、私がその雪にも見紛う白髪を手櫛で梳いてやる時だけ、すう、と幼子のような無邪気な顔で眠り入る。けれど今はそれも効かない。聖が私を守ると決めているからだ。嘆きに負った心の傷を、誰にも付け入らせまいとしているからだ。私は指から天井のステンドグラスの照明に目を移す。色鮮やかなそれは暗闇の中でも仄かな艶めきを放つ。それから視点は当然のように聖に。
整った顔立ちの、額に、口づける。それから頬に。
最後に唇に。
「ごめんね」
私のせいで縛られてばかりの聖に、私は何が返せるだろうか。返すものがないのは恵まれているが寂しいことだ。聖の腕からもぞもぞと抜け出して、私は彼の髪を梳く。何度も何度も梳くと、軽い呼気が聴こえるようになった。良かった。今夜は効果があった。
その晩、夢を見た。
音ノ瀬隼太が少年の姿でぽつんと佇んでいる。その向こうには麒麟がやはり少年の姿で佇んでいる。それぞれが寂しそうで、私はどちらに先に声を掛けたものかと迷う。するといつの間にか楓が私に抱きつき、どちらにも行ってはならないと言う。ことさんが行くのはあっちだよと指差す方向には聖が立って私を見ている。
私は気づいた。
聖は私がどちらに向かおうとそれを許す。そうして独りで呑み込んで平然とした顔をする。
私は聖の元に駆けた。駆けて駆けて。彼は両腕を広げた。私はそこに飛び込んだ。
目を開ければ曙光が部屋に射していた。紅玉の瞳が優しく弧を描き、おはようございますと言ったので、私は先程まで夢を見ていたのだと気付いた。夢の中は一面が真っ白で、本来赤くある筈の聖の双眸までが白かったのだ。聖が身動きして、私の身体を再びくるみ込んだ。
「聖さん」
「お許しを。役得です」
もがこうとした私を聖がやんわり押さえ込んだ。私は紅潮し、次いで脱力して聖に身を委ねた。柔らかく撫でるだけの愛情表現。彼は私の夫なのだ。
その日、来客があった。逢魔が時。
まさか来るとは思わなかった。
麒麟はやつれ憔悴した顔で、それでもそれが矜持であるように、背筋をピンと伸ばして告げた。
「音ノ瀬家当主、音ノ瀬こと殿に頼みがある」
「……伺いましょう」
聖が桜の紅茶が入ったティーカップを私と麒麟、そして自分の前にそれぞれ置く。楓には部屋にいるよう言ってある。聖の目は探るように麒麟を見ている。
「聴けば御当主殿は反魂の法を見事、成し遂げられたとか。その極意、是非ともご教授願いたい」
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