狂える cruel
聖…………。
風呂より湯たんぽより、私の心に温もりを与え解きほぐしてくれるもの。
彼は一瞥して状況を悟ったらしい。麒麟や老婦人を避けて私に迫る。
「家でこと様の異常に気付き。麒麟の背景を調べる手間もあり参上するのが遅れました。お許しください」
私は無言で首を横に振る。聖が私を横抱きに抱え上げ、麒麟たちを無視して平然と帰ろうとする。はっと我に帰った老婦人がそれを阻もうとする。
「待ちゃれ! その方は尊い儀式の贄となるのだ」
「儀式も贄も知らないな。ところでここは副つ家の力及ぶ領域だ。この償いは必ずしてもらうからその心積もりでいるように」
老婦人の顔色が変わる。
「宝珠は良いのかい?」
それまで黙っていた麒麟が口を開いた。聖は黙って彼を見遣る。
「今はこと様の身の安全が先決だ」
「御立派。でもそれではこちらも都合が悪くてね」
麒麟が人型の紙を何枚も取り出した。宙に舞う紙たち。
「オン・バザラ・ユタ」
聖は私を抱えた体勢で三十センチ物差しを振るい光の刃を断ち切った。
「春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山」
聖がコトノハを処方すると、次に氷の円錐で私たちに襲い掛かろうとしていた麒麟の、その円錐が一気に溶けた。彼我の力量の差を見せつけられ、麒麟の顔が歪む。
「君は気づいていないんだね」
聖がぽつりと呟く。
「何を」
聖、それを言えば。言ってしまえば。麒麟の心に穴が穿たれる。大海のようになってしまうかもしれない。麒麟は殊の外、弟を愛しているように見える。だから。だから。
「君の弟さんはもう生きていないよ」
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