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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
風姿花伝編 第二章
222/817

何より

 青の族の人々は、悲鳴を挙げて散り散りに逃げていった。当然、宝珠を回収する余裕もなかった。これは秀一郎にとって痛恨事である。秀一郎にとってだけではなかった。

「やってくれたな」

 隼太の身体から立ち上る陽炎めいた殺気に、秀一郎は無言で構える。

「この損害は音ノ瀬本家に請求する」

「……」

 ことに負担が掛かると思うと心苦しくなる秀一郎だったが、この場合は止むを得なかった。隼太がことに無理難題をふっかけないよう祈るばかりだ。もうあたりは暗闇で、〝(とう)〟のコトノハなしでは足元も危うい。二人は険悪な雰囲気のまま、黙々と河原から離れて行った。只、別れ際に隼太が耐えかねると言った様子で「とっとと野垂れ死にしろ駄犬め」と罵った。秀一郎にはどこ吹く風のコトノハだった。おや狗から駄犬に降格かと思った。



 秀一郎と隼太がそんなことになっているとは思いもよらない私は、楓と夕飯のオムライスカレーを食べていた。これは楓の好物で、初めてうちに来た頃、よく作ってやった。見よ、あの美少女の蕩けそうな顔を。楓が幸せそうに食べると私も幸せである。因みにこのオムライスカレー、冷めない内に地下牢にも差し入れしている。僕は贅沢な囚人ですねとは聖の言だ。

 釣忍が風を知らせる。

 どうやら隼太と秀一郎は不首尾に終わったらしい。そういうこともあるよね~と、完璧に他人事で私はオムライスカレーとそれを頬張る楓を愛でていた。


 音ノ瀬本家の地下牢は座敷牢である。不気味な虫が湧いて出るようで、それより何より陰鬱な空気が怖くて、昔は親に掃除を命じられた時以外、立ち寄ることのない場所だった。何でもコトノハの法に触れた貴人を留め置く為の牢だったらしい。水道も電気も通っている。中には本を差し入れる箇所まであって、つくづく音ノ瀬の音ノ瀬体質のような脈々としたものを感じる。畳は上の階のものを取り換える時、同時に換えている。地下に相応しからぬ青い藺草の匂いも、その為である。

 私は日に何度か聖の様子を見に来ていた。読書していたり、書き物をしていたり。それなりに地下牢ライフを満喫しているようで何よりである。そして私を見た時の、愛しい紅玉の瞳が笑む様子も……何よりである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 暢気すぎることさん……。
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