牢に射す光
うちに現れた秀一郎はいつも通り、白の三つ揃えで寸分の隙も無いといった立ち姿だ。事の次第は既に伝えてある。なので、秀一郎の双眸に揺らぎや躊躇いはなかった。
「申し訳ありません。秀一郎さん」
「いえ、ことさんのご下命とあれば。話はあらかた把握しました」
まるで終戦前、戦地に夫を送り出すかのような私に、隼太がにやにやとした顔をしている。
小面憎い。デコピンや頭突きを食らわしてやろうかしらん。しかしあれは相手に私への手心があったから成し得たことであり、隼太相手では果たせないどころか逆に攻撃される可能性もあった。
こうして秀一郎は隼太と共に去った。
あれでも大事な従兄弟だ。何かあった際には只では済まさないぞ。
目の前を羽虫が通り過ぎる。私は無造作にそれを手に引っ掴まえぶん、と大きく手を振り、離した。そのくらいの俊敏さは私にとてあるのだ。そう考えると同時に、腹の底からじわじわと罪悪感が湧く。聖の代わりに自分を差し出すことも出来た筈だ。荒事には不向きとは言え、これでも音ノ瀬一族歴代最高峰だ。ではなぜ己が身を惜しんだのか。
聖を守る為である。
私のこの考えは、一個人としても顰蹙ものだろう。私は玄関に立ち尽くしていた自分に気づき、戸を閉めて屋内へと入った。すると部屋から出て来た楓が心配そうな顔つきで私に近寄った。サックスブルーの上着とズボンがよく似合っている。先日、聖とこの子と共に出かけて買って来たものだ。ひーくんに見せるんだと張り切っていたのに、萎れた風情だ。無理もない。
「ひーくんもしゅうくんもどうしちゃったの?」
「彼らはそれぞれの戦場にいます」
「嫌、違う。ことさん、コトノハで隠さないで」
楓は彼女ならではの鋭敏さで首を左右に振った。その細い身体を私は抱いた。
「聖さんはこの家の地下牢に。秀一郎さんは音ノ瀬隼太と共に行きました。宝珠の為です」
「地下牢……って」
「聖さんを守る為です。秀一郎さんは、彼の代わりに行きました」
楓はしばらく事実を咀嚼しようと格闘する表情を見せた。
「楓さん。今から手伝ってくれませんか?」
「何を?」
私は茶目っ気めいた眼差しで告げた。
「お弁当作り」
聖が牢で微睡んでいた時、急に芳香が鼻をくすぐった。目をあければ、広い長方形の盆にお握りや出汁巻卵、鶏の唐揚げにエビフライ、おにしめが整然と並んでいた。どれも聖の好物である。更にことと楓という容姿端麗な女性たちが目の前にいるのだから、気持ちが高揚しないほうがおかしい。
「いただきます」
「どうぞ」
笑み崩れる聖にことは照れ臭そうに告げる。その時だけ、無機質な地下牢に柔らかな光が射したようであった。




