胸中深く
隼太がうちに来て第一声が「鬼兎を出せ」だった。私は楓に、部屋に籠っているように言い、隼太に客間で向き合った。ゆっくり丁寧にお茶を淹れようと思ったが、隼太がそうはさせてくれない。後ろから腰に腕を回してくる。真面目なんだかふざけているのだか。とにかく私は隼太の手をぺしりと叩いた。
「お湯で火傷しますよ」
「火傷な。お前と鬼兎も火傷したな」
「夫婦にまでなった仲ですからね」
隼太の冷やかしを軽くいなす。うん、美味しいお茶が淹れられそうだ。喫するのがこの男というのが如何にも残念な話だが。私は急須や湯呑みを客間の座卓に運んだ。釣忍が不安な音を立てている。今日は薄曇りで、まあ、この男の来訪には相応しい天気と言えるだろう。
「鬼兎をここの地下牢に幽閉しているだろう。俺にはあれが必要だ。音ノ瀬のコトノハを自在にする力」
「なぜですか」
「ビジネスさ。あれの力は俺の〝仕事〟の役に立つ」
「貴方はまだフォーゲルフライを諦めていないのですね」
瞬時、隼太の目が真剣になる。それは遊んでばかりいたと思えた子供が急に大人びたような変化だ。解っている。私たちにとってふるさとが聖域であるように、隼太にとってはフォーゲルフライがそれなのだ。
私はインクブルーの切子硝子に目を落とす。聖の好むインクブルー。
約定は守られねばならない。しかし……。
「私ではいけませんか」
「駄目だな。存在が重過ぎる。あちらにもこちらにも。しかし思った以上に過保護だな。あれはそんな殊勝な玉ではないぞ」
「聖さんの実力は誰より私が知っています。そこを承知で頼みます」
私はもう聖を〝鬼兎〟と呼ばせたくない。誰にも。叶うことなら音ノ瀬家当主の権限を以てしてでも。
深く頭を下げた私を、隼太は珍妙な目で見るかのようだった。それからふい、と横を向く。
「音ノ瀬秀一郎で手を打ってやっても良い」
「それは。本人の自由意志です」
途端、隼太が哄笑した。
「馬脚を露したな! 今、お前は鬼兎とあの眼鏡を秤にかけて鬼兎をとったのだ」
何と言われても良い。いびつと言われても。私が守りたいのは聖であり、秀一郎はその代替者となれる実力の持ち主だ。
「良いだろう。あれはあれで使いでがある。恭司と渡り合った奴だしな」
「粗略な扱いはしないでください」
頼むと呆れた視線を向けられた。
「お前は莫迦か? 粗略に使う為に連れて行くんだろうが」
確かにそれはその通りなのだろう。私は胸中で秀一郎に詫びた。
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