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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
風姿花伝編 第二章
208/817

お友達

 ()()(たま)(いろ)の髪は長く背に掛かり、青白く透き通るような肌をしている。

 そして額から突起した二本の細い角。

 私は所謂、鬼と分類される種類の存在を何度か見たことがあったが、これ程までに幽玄の美を備えた鬼には初めて逢った。聖は三十センチ物差しを構えたまま鬼と私たちの間を隔てて微動だにしない。しかし鬼はこちらを攻撃してくる気配は微塵もなく、ひたすらに悲し気な眼差しを向けた。思えばこれまで宝珠に関わる件で、荒事になったと聴いたことはない。私は聖の肩に手を起き、前に進み出た。聖がちらりとこちらを見遣る。

 ほら、やっぱり。

 彼も鬼の敵意のなさを察知している。威嚇するような行為に出たのは、万一の場合、私たちを守る為だ。

 ああ、風に竹林が歌う。ざわめく。


「私たちにご用ですか?」

 鬼が頷く。

「そなたたちは宝珠を捜しているのだろう」

「誰からそれを聴きました?」

「この界隈では専らの噂になっておる。わたくしは宝珠を持っている」

 私と聖、双方に期待と緊張の感情が奔る。

 鬼は袴に差していた扇を取り、差し出した。

「そら、これじゃ」

 その扇は仙骨(せんこつ)、仙人のような、世俗を超越した骨相を彷彿とさせる如何にも浮世離れした代物で、花模様が浮き出て、全体の色はうっすら光る生成と白のあわいだった。

「……頂けるのですか?」

 鬼はこくりと頷くが、その双眸を楓に据えながら告げる。

「条件がある」

 やはり一筋縄では行かない。そうしたものだろう。

「その子供がこちらに来る時、たまにで良い、遊び相手になって欲しい」

 私も聖も、そして当の楓も目を丸くした。

「なぜ、楓さんを」

「かえで。楓と申すか。良き名じゃ。わたくしは寂しいのだ、音ノ瀬の当主よ。永の年月を生きて独り彷徨う。この場所はわたくしたちに生きやすいが、それでもたまに、心と、体温を持つ者と交わり合いたいと願うことはある……」

 楓が私たちの後ろからするりと出て来た。私が止める間もなく、鬼の手を取る。

「貴方のお名前は?」

(ゆかり)()

「では、私とお友達になりましょう、紫子さん」

「良いのか……?」

 紫子が私と聖を一瞥する。私は頷いた。どこか心に温かな風が吹き抜けた心地だった。楓のコトノハの優しさに、私の心も丸くなった。

 聖が構えていた物差しを下ろす。

「紫子さん。一緒にお昼を頂きませんか。楓さんが作った、とても美味しいお握りもありますよ」

 私が物柔らかに誘うと、紫子は戸惑う気色を見せた後、こくりと頷いた。

 不思議な時間だった。私たちは種を越えて飲んで食べて、言葉少なにだが語らい合った。紫子はもう随分前に連れ添いを亡くし、以来ずっと孤独だったらしい。――――連れ添いを亡くす悲嘆は、私にとっては他人事ではない。紫子の存在が、私の中にしみじみと浸透するように感じられる。楓を人外の存在と深く関わらせることに関する懸念はあるが、たまにであればそれも良い経験となるかもしれない。何せこの子は現状、音ノ瀬家次期当主なのだから。見れば藤紫の袖から出た白く美しい手が、遠慮がちに楓の頬についたご飯粒を取っている。私は複雑だった。何のことはない、嫉妬だ。楓を紫子に取られそうな気がして、ちり、とした痛みと、障子紙を水に浸したような心許なさが胸にある。ああ、このような時も人は孤独を感じるのだ。すると温もりを分け合うように、私の右手を聖が握る。紅玉の双眸は全てを承知した色で、私を穏やかに包み込む。私の身体から強張りが抜けた。こんな簡単なことで余裕を取り戻せるとは、我ながら現金だ。

 紫子と、楓を眺める私の目にはいつしか慈しみの光が宿っていた。



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