ふるさとへの誘い
聖は機械に疎い。凡そ何でもそつなくこなす聖だが、科学の恩恵には浴せないでいた。
いや、浴さないでいたと言っても良いかもしれない。副つ家に求められることは主家音ノ瀬家への絶対の忠誠と、コトノハの処方。機械の関与する余地は、そこにはなかったのだ。だから、そんな彼が、携帯電話をうっかり忘れたとしても何ら不思議ではない。もちろんスマホなどは彼にとって異次元の存在だ。聖はシニア携帯を使っている。
だが。
それなら公衆電話とか(ふるさとにそんなものはないだろうが)、人に伝言を頼むとか(これは時代錯誤だな)色々、他にとるべき手段はあった筈だと私は考える。無理矢理に。だって。心配していたのだ。また、あってはならないことが起きていたらどうしようと。私は黙って宝珠もそのままに、自分の部屋に籠った。
強くなければいけない。私は音ノ瀬家当主なのだから。
楓と、他多くの命を預かる身の上なのだから。私は乱れる気を鎮めようと、深呼吸した。息は震えていた。怒りからか、それとも――――。
「こと様」
戸の向こうから声がかかる。穏やかで低くて清冽で、この世で一番好きな声だ。
「……入って良いですよ、聖さん」
一拍の間を置いて入室した聖は、哀愁の空気を帯びていた。
「楓さんの言った通りでした」
「え?」
「ことさんを追いかけてあげなくちゃ駄目だよ。きっと部屋に入れるから。そして、ちゃんと心配かけたこと謝るの、と」
……あの子は。親になる私たちが既に負かされているようだ。
聖は改めて端座し、深々と平伏する。
「ご心配、ご心労をおかけして申し訳ございませんでした」
「……頭は大丈夫ですか」
「は?」
「ああ、いえ、そうではなく」
強烈な頭突きの後遺症のことを訊きたかったのだ。聖もすぐに得心が行ったようで、頷く。
「血が出る程ではありません」
それは大丈夫の判断基準なのか。それともそこまでの痛手だったというアピールなのか。
「こと様。今度はふるさとへご一緒しませんか。楓さんも一緒に」
紅の瞳が和やかだ。そして聖の提案は、とても魅力的なものだった。私の肩に入っていた力が緩々と抜けていく。小粒のルビーとサファイアにそれぞれ唇を当てる。それで聖には意味が通じた筈だ。
「良いですね。どうせならお弁当を作って行きましょうか。……酒も少しなら……」
「物見遊山ではありませんので。お忘れなく」
調子に乗ったらぴしりと釘を刺された。
「……聖さん、もしかして私たちに危険のないよう下調べも兼ねて行きました?」
「さあ、どうでしょう」
聖は肩を竦めて、少しおどけたように顔を斜めにした。聖は古書にも通じているが、風姿花伝を読んだこともあったのだろうか。そこから何かを学び取り、秘することの尊さと得難さを学んだりしたのだろうか……。




