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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
風姿花伝編 第一章
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ふるさとへの誘い

 聖は機械に疎い。凡そ何でもそつなくこなす聖だが、科学の恩恵には浴せないでいた。

いや、浴さないでいたと言っても良いかもしれない。副つ家に求められることは主家音ノ瀬家への絶対の忠誠と、コトノハの処方。機械の関与する余地は、そこにはなかったのだ。だから、そんな彼が、携帯電話をうっかり忘れたとしても何ら不思議ではない。もちろんスマホなどは彼にとって異次元の存在だ。聖はシニア携帯を使っている。


 だが。


 それなら公衆電話とか(ふるさとにそんなものはないだろうが)、人に伝言を頼むとか(これは時代錯誤だな)色々、他にとるべき手段はあった筈だと私は考える。無理矢理に。だって。心配していたのだ。また、あってはならないことが起きていたらどうしようと。私は黙って宝珠もそのままに、自分の部屋に籠った。


 強くなければいけない。私は音ノ瀬家当主なのだから。

 楓と、他多くの命を預かる身の上なのだから。私は乱れる気を鎮めようと、深呼吸した。息は震えていた。怒りからか、それとも――――。


「こと様」


 戸の向こうから声がかかる。穏やかで低くて清冽で、この世で一番好きな声だ。

「……入って良いですよ、聖さん」

 一拍の間を置いて入室した聖は、哀愁の空気を帯びていた。

「楓さんの言った通りでした」

「え?」

「ことさんを追いかけてあげなくちゃ駄目だよ。きっと部屋に入れるから。そして、ちゃんと心配かけたこと謝るの、と」

 ……あの子は。親になる私たちが既に負かされているようだ。

 聖は改めて端座し、深々と平伏する。

「ご心配、ご心労をおかけして申し訳ございませんでした」

「……頭は大丈夫ですか」

「は?」

「ああ、いえ、そうではなく」

 強烈な頭突きの後遺症のことを訊きたかったのだ。聖もすぐに得心が行ったようで、頷く。

「血が出る程ではありません」

 それは大丈夫の判断基準なのか。それともそこまでの痛手だったというアピールなのか。

「こと様。今度はふるさとへご一緒しませんか。楓さんも一緒に」

 紅の瞳が和やかだ。そして聖の提案は、とても魅力的なものだった。私の肩に入っていた力が緩々と抜けていく。小粒のルビーとサファイアにそれぞれ唇を当てる。それで聖には意味が通じた筈だ。

「良いですね。どうせならお弁当を作って行きましょうか。……酒も少しなら……」

「物見遊山ではありませんので。お忘れなく」

 調子に乗ったらぴしりと釘を刺された。

「……聖さん、もしかして私たちに危険のないよう下調べも兼ねて行きました?」

「さあ、どうでしょう」

 聖は肩を竦めて、少しおどけたように顔を斜めにした。聖は古書にも通じているが、風姿花伝を読んだこともあったのだろうか。そこから何かを学び取り、秘することの尊さと得難さを学んだりしたのだろうか……。



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