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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
風姿花伝編 第一章
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横顔

 鳴る釣忍の音を聴きながら、私は縁側に座り来し方を思い出していた。

 空は青くて。青くてでも碧色を孕んでもいるようで、風は穏やかだ。散り切ってしまった桜の樹がやや寂しい。まだ時間は早いが、月桃香を焚く。ゆるりとした白く細い煙が上がる。昔を振り返るには相応しい。

 聖に初めて逢った時、綺麗な人だと思った。男の人に対してそういう感想はおかしいかもしれないが、純白の髪、同じく純白の長い睫毛、そして何と言っても宝石のような紅い双眸。忠誠を誓われ、お姫様と呼ばれた。聖自身は王子様のようだった。その王子様に跪かれ、有頂天にならない子がどこにいるだろう。けれど私はそうした地位に胡坐を掻いた悦びではなく、聖が笑いかけてくれたことが何よりうれしかった。

 私は風に乗るあらゆるコトノハを聴き分けながら、尚も思い出に浸る。

 だから、寒色を好む私の、最も好きな色は紅玉、ルビーの色となった。聖に結婚指輪の石は何が良いか尋ねられた時、私は迷わずルビーと答えた。聖は少し意外そうな顔で、でも次には得心したように、顔を僅かに赤らめたのだ。その後しばらくして、結婚式の前に、ルビーとなぜかエメラルドの指輪を贈られた。ルビーの石言葉は情熱、純愛。エメラルドの石言葉は幸福、誠実だ。聖は私にルビーで愛情を、エメラルドで誠意を以て幸福にするという思いを誓ったのかもしれない。その為、私の左手薬指にはルビーが、右手中指にはエメラルドが煌めいている。小粒の石にダイヤをあしらったもので、下品に見えないところが良い。家事の時に着け惜しむ私に、笑いながらその為に差し上げたのだから、と聖は言う。最近、少しサイズが緩くなってきたので痩せたのかもしれない。食べねば。サイズ直しは面倒だ。

 まだ少女と言える時分、聖と想いを通わせた私は、聖に私のどこが良かったの、と尋ねた。私はどう考えても聖と比較して子供だったし、彼は見た目以上に大人だったから、不思議にも不安にも思っていたのだ。

 すると聖は答えた。

 貴方が、貴方だからですよ。

 その時の気持ちをどう表現すれば良いのだろう。私は、自分を全肯定され、父や母の冷たさや理不尽さからくる黒い糸の絡まったようなものが、するりと解けた気がした。私は私で良いのだと思った。そう思うことは単純で、けれどとても難しく大事なことだった。聖は副つ家の人間だったが、私を音ノ瀬次期当主だけではなく、一個人としてきちんと見てくれた。それは奇跡に近いことだと思う。

 そう言えば私は聖と真葛の両親の詳細を聴いたことがない。もう亡くなっていると聴いただけで。それまでは旅の多い人生を送っていたらしい。何だか副つ家の人間は皆、流れ者みたいだ。聖も半ば単身赴任状態だし。

 つらつら考えていると、聖がいつもの玉虫色の着流しでひょっこり縁側に顔を出した。手には温めた林檎ジュースがある。私は、これだから敵わない、と唇で弧を描き、マグカップを受け取った。農家をしている一族から送られてくる献上品のようなもので、濃厚な林檎の甘味がとにかく美味しい。楓にも帰ってきたら飲ませてあげよう。彼女の登校の後、届いたのだ。今年のは今までより一番美味しいですよ! と、毎回同じ台詞で来るジュースは、言葉に違わず年々、パワーアップしている。コトノハの処方が関わっているのだろう。

「何を考えておいででしたか」

「私の愛しい旦那様のことを」

「……」

 聖が赤面する。聖はどうやら〝旦那様〟という言葉に弱いらしい。意外な弱点である。だから私は少し、意地悪した償いを籠めて告げる。

「私の愛しい風来坊のことを考えていたのですよ。貴方と出逢って、気づけば長い月日が流れました」

 言ってから思ったが、聖には長い時間ではなかったのかもしれない。何せ年齢不詳の家系である。

「もっと長い月日を共に過ごす為に。来世もその次も出逢う為に。僕は宝珠を捜します」

 そうなのだ。

 私が縁側にいたのも、風の運ぶコトノハに宝珠に関することがないかどうか聴き分ける目的があったのだ。聖もそのことに気づいているだろう。

 風が釣忍を歌わせ、釣忍ではなく風の運ぶコトノハに耳を澄ませる聖の、凛とした戦士のような横顔に、私は密かに見惚れていた。




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