秘めた紫陽花
雨は人に安らぎの孤独と不安を連れてくる。
その日、楓は学校で、聖はふるさと。家にいるのは私一人だった。独り、きり。
なぜだろう。少し前まではそのようにして暮らしていたのに、今の私は孤独を寂しいと思う。銀線が宙を遮断する。あれは本当は透明なのだ。銀色に見せ、自分を格付けしたいだけなのだ。私は気持ちを落ち着ける為、殊更、丁寧に緑茶を淹れた。
その時、縁側のほうの風が雨混じりに〝それ〟を告げた。
「鬼兎と祝言を挙げたそうだな」
突然現れた音ノ瀬隼太は肩が雨に濡れていた。ビニール傘だけでは足りなかったらしい。私がタオルを渡すと、存外素直に受け取り、拭いていた。とりあえず客間に通す。
お茶を余分に淹れていたのが幸いした。それから錦玉という和菓子を二つ。桜色の硝子の小皿に入れて座卓に出す。
「良いのか? 俺は何をするか解らん男だぞ」
「風が告げました。客人が来ると。ならば貴方は私に危害を加えたりなさらないでしょう」
隼太は僅かに目を見開き、それから細くした。
「確かにな。他の男のものになった女など興味はない」
遠雷の音。楓が怯えていなければ良いが。
「お話は何ですか。この雨の中、世間話をしに来た訳でもないでしょう」
「雨に紛れて半妖が動き出した。こちらにも害が及ぶかもしれん」
ふ、と電気が消える。停電だ。
ブレーカーを上げに行くのも億劫で、私はコトノハを処方した。
「灯」
するとコトノハに従い電気が再び点った。隼太は一連の動作を何ら驚くことなく見ていた。当然だ。彼もコトノハ使いなのだから。コトノハの戦士。
「承知しました。お知らせくださりありがとうございます」
「俺も当分、ここに居座るぞ」
この言葉には驚いた。私は淡い桜色の硝子を見る。
「半妖がここに来る算段はそんなに大きいのですか」
「俺はそう睨んでいる」
私や聖はまだ良い。隼太から自衛の心得がある。だが。
「――――水木楓が心配か。ああ、もうすぐ音ノ瀬楓になるんだったな」
「……」
「安心しろ。ガキに興味はない」
「楓さんを侮辱するのは許しませんよ」
パチパチ、と文字通り火花が散った。私が処方したコトノハだ。隼太は無言で、唇で弧を描いた。ああ、折角、吟味して淹れたお茶が物騒な会話のせいで美味しく味わえない。
「そう喧嘩腰になるな。用心棒を雇ったとでも思えば良い」
確かに、味方となれば隼太程心強い存在もないだろう。
秘すれば花なり。
この紫陽花色のコートを纏う男は、どんな過去を歩んで今に至るのだろう。
「隼太さん……」
「何だ」
「人を愛したことがおありですか」
隼太の目が束の間、静穏となった。その静穏の瞳のまま答える。
「ないな」
嘘だ、と私は確信した。隼太は今、嘘のコトノハを処方した。
答えたくない事情があるのだろう。私はふう、と息を吐いた。
それは隼太の提案への了承となった。
紫陽花色の男は、どんな花を秘めているのだろう。




