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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
風姿花伝編 第一章
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養子問答

「え? 独身でも養子に出来た?」


私の箸からたくあんがポロリと落ちる。

今日は休日で聖と楓と一緒に朝食を摂っている時、秀一郎が来てちゃっかり自分も朝食の席に着いているのだ。

「ええ。普通養子縁組なら、それが可能なんですよ。……つまり、聖君と必ずしも結婚する必要はなかったのです。聖君、知らなかったのかな?」

 聖は黙々と食事を続けていたが。

「初耳だったね。そうだったのか」

「言葉が白々しく聴こえるけど」

「気のせいだよ」

「後はことさんがそれで良かったかだな」

 聖、秀一郎、そして楓の視線が私に集中する。私は白米に落ちたたくあんを箸で拾う。

「――――良かったですよ。後悔はありません」

 秀一郎が嘆息する。

 聖は反対ににっこり笑った。この聖の清濁併せ吞んだ笑顔は昔から私の胸をときめかせた。例えそこに企みがあったのだとしても、聖と楓と家族になることに不満があろう筈がない。いつかはそのようになる流れだったのだ。

 暖房が効いて暖かな室内に釣忍の音色が流れてくる。

「役場へ養子縁組届書きを届けて受理されるのが普通の流れですが、楓さんはまだ未成年なので、家庭裁判所の許可が必要となります。申立書や養親・養子の戸籍全部事項証明書が必要です。また、更に……、」

「秀一郎さん、ストップ。朝ご飯の味が解らなくなります。そのあたりの詳細はまたあとで教えてください」

「もちろん。僕はこの方面には強いので、頼ってくださってよろしいですよ」


 鼈甲ぶち眼鏡男はにっこり微笑んだ。聖は変わらず黙々と食事していた。

 あれでは(さわら)の西京焼きの味もよく解っていないだろう。

 光がきらきらと結晶化して降り注いでいるような縁側で、私は聖と秀一郎と養子縁組の手続きについて話し合っていた。月桃香の匂いが私たちに纏わりつく。これは必要という訳ではないのだが、もう余りに馴染んでしまっているのだ。聖と秀一郎に挟まれて(これも両手に星か?)私は春の清々しい空気を味わっていた。当たり前だが縁側には暖房がないので、三人共、風邪をひかないように心がけた服装だ。聖は暑さ寒さに慣れており、例の玉虫色の着流しに黒い羽織りを引っ掛けているだけだ。その癖、私には小紋の上からカシミアの紫色のストールを巻き付けた。

 かくして再び上半身だけミイラになった私は、締まらない恰好で彼らと話を進めた。

 詰めのところで、春色の風がふうわりと吹いた。冷たさのない、優しい風だった。

 土筆(つくし)(ふき)(とう)が若い緑に芽吹いている。後で収穫して今夜のおかずにしよう。味噌和え、佃煮(つくだに)、何にせよ良い酒の肴になるだろう。


「ことさん、何やらにこにこしておいでですが、ここまでの流れはお解りですか?」


 おっと。


「はい、秀一郎さん。こうしてメモもしていますし」


 やや胡乱な目で見られる私を、聖がくすりと笑った。

「秀一郎君は良い教師になっただろうな」

「教員免許なら持っていますよ」

「流石」

「皆さん、お茶が入りました」


 紺色の八分袖のワンピースを着た楓が盆を持って来る。何て気の付く良い子なんだろう。

 私たちはしばらく話を中断し、ほうじ茶とわらび餅に舌鼓を打った。



養子の手続きに関しましては複雑ですので、もしそのようなご予定がおありの場合はよくお調べすることをお勧めします。

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