色にいでにけり
私は楓の艶やかな髪を手で梳く。
心地いいのかくすぐったいのか、楓がくすくす笑う。楓の部屋である。たまの夜、このように私に甘えて添い寝をねだる時がある。年齢の割に大人びた少女の、まだまだ子供と思わされる一面だ。薄氷の散る青い楓の浴衣のすぐ隣に、桔梗柄の浴衣の私が寝そべっている。
「学校はどうですか」
「うん。楽しいよ」
良かった。
何かと迫害されやすい要素を持つ楓が、集団の中で爪弾きにされはしないかと、私はそれが心配だった。
「あのねえ? 立木さんと彼雲さんが杠君のこと好きで」
お? 恋バナ?
「でも杠君に私が告白されたから、立木さんたちには嫌われちゃった」
お、おおお。私はごくりと唾を飲む。
「楓さんはそのあおにさ、いえ、杠君とやらに何と言ったのですか?」
「好きな人が他にいますから、って言ったらしばらく無言だった。それで、そいつは君を幸せに出来る奴なのって訊くから、そういう損得で好きな訳じゃないのって言った」
あおにさ、杠君、見事に玉砕。
そうかあ。楓はそんなに。
「恭司君が好きですか」
尋ねると楓の色白の頬が朱に染まる。色にいでにけりわが恋は。
難しい相手で、難しい恋だ。
〝こいつは俺が生涯守ると決めた女だからだ〟
……恭司はそう言ったと聴く。あの奔放な野生の猫のような男が、楓に本気になったとは、俄かには信じられないが、恐らくそれは真実なのだろう。
ん? とすると?
私は楓の部屋の天井の、私の部屋のものと同じ和装の凝った意匠の電気を眺めて思う。
「え、私、恭司さんにお義母さんとか呼ばれるんですか、嫌!」
「落ち着いて、ことさん」
「楓さん、」
いやこれが落ち着けようものか。嘗ては秀一郎に手傷をも負わせた隼太子飼いのコトノハ使い。ちょっとばかり見てくれが良いからと言って、安々と楓を任せる訳にはいかない。
「楓さんを嫁にと望むからには、まずこの私を倒してからにしていただきましょうか……!」
「ことさん、ことさん、戻ってきて」
楓の懇願にはっと我に帰る。
こほん。
「……すみません。取り乱しました」
「うん。それに恭司君は、私と結婚するとか考えてないんじゃないかなあ」
それは私もそんな気がする。だからこそ楓との仲を諸手を挙げて祝福出来ないのだ。その後ガールズ(?)トークに一頻り花を咲かせてから、私は聖が待っているであろう寝室に向かった。すると台所を過ぎるあたりで聖が立っていた。玉虫色の着流しと、白い髪が闇夜にぼうと淡く光っている。私を見た聖の赤い目は名状し難いものを孕んでいた。私の右手首をするりと掴み、抱き寄せる。
「聖さん?」
「楓さんとご歓談でしたか」
解り切ったことを訊く。
「はい……」
「僕は自分で思うより、嫉妬深い男のようです」
囁きながら告げられる。
縁側から迷い込んだ蛾がパタパタ舞っている。
私は愛する男に抱擁されながらそれを見ていた。見ながらも頬が火照るのを感じる。
ああ。
色にいでにけり、だ。




