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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
風姿花伝編 第一章
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秘密の箱

 つ、疲れた。

 夜、やっと宴が解散になって、私は縁側で牛の寝そべる如く伸びていた。

 白無垢は会食後、滅多に着ない桜色のツーピースに換えて、私自身も飲みつつ食べたが、そこは本日の主賓としていつものようにとはいかない。慎ましくふるまったせいでお腹は空いているような満腹なような奇妙な心地で、時々聖が気遣わし気に送る赤い眼差しがなければ、途中で退席していたかもしれない。私の顔色を見て取った真葛が、皆に切り上げ時を告げなければ、会食と名の付く宴は夜まで続いていただろう。

 今、私は桔梗柄の浴衣で冷酒をちびちび飲んでいる。

「ことさん」

 最近は私に真似て寝る時は浴衣に着替えた楓がとことこ歩いて来て、白銀色の薄手の羽織りを私の肩に掛けてくれた。楓の浴衣の柄は薄氷の散る青。この子は好む色の傾向も私に似て来たらしい。

「ありがとうございます」

「お酒、寒くない?」

 ちらりと酒器に設置された氷を見る。

「今はこのくらいが丁度良いのです。心配をかけましたね」

 楓の頬を左手の甲で撫でる。楓はくすぐったそうに笑った。それから、これは絶対に言っておかなければという意気込みで力説した。

「ううん。今日のことさん、すっごく、すっごく綺麗だった。天女様みたいだった」

 今は親父のように一杯引っ掛けている私は、そのコトノハを喜びながら現状を省みて複雑な気分だった。

 楓は大きくなった。中学に進んだし、背も伸びて嫋やかさが備わる少女になった。

 酒よりも甘い、呼吸する肌の健やかさを思わせる甘やかな気配。

 寂しい。

 もう、胡坐を掻いても膝の上に乗ってきてくれない。

 尤も今のサイズでそれをされると私が潰れるのだが。

 夜気に幾分、水の気配がある。清い夜だ。そんなことを考えていると、楓が頭を私の肩にこつんと預けた。

「どうしました?」

「ことさんが、遠いところに行かないように、おまじない」


 ぎくりとした。


 私は禁呪を行った。

 代償は、今を共に過ごす親しい人たちの来世、そのまた来世……、で逢えないこと。

 焚いている月桃香に混じり、楓の髪からシャンプーの匂いがする。

 私はこの子が可愛い。堪らなく愛おしい。別離は、辛い。

 だからこその今を、私は大切にしようと思う。


 釣忍が鳴る。

 私はまだ楓にそのことを告げていない。秘密の箱に鍵を掛けて、頑迷に抱き締めている。

 遣る瀬無くて、私は盃を置いて楓を抱き締めた。細くて、まだ頼りない華奢な肢体。


「ことさん……?」

「……聖さんと夫婦になれば、貴方を正式に養子に出来ます。お祝いしましょうね」

「――――うん!」


 どこか不自然な私の声調を、楓は捕らえずにいてくれた。



「楓さんと何を話しておいででしたか」


 私と聖はそれぞれ寝室を持つが、夫婦で過ごす部屋も決めておいた。

 それは私の両親が過ごしていた寝室だった。豊かな色彩のステンドグラスのランプシェードが美しい。結婚とは不思議なものだ。自分以外と夜を過ごす。けれどそれが決して嫌ではない。

「私が禁呪を使ったことに勘づいているようです」

 玉虫色の着流しを着た聖は、布団に端座していたが、彼を取り巻く空気が硬化した。聖は知る者であるからこその沈痛な面持ちで、そっと赤い双眸の上の雪の庇を伏せた。聖。私は聖を喪いたくないばかりに、聖をも傷つけた。今も尚。しかし彼はその後、茶目っ気めいた瞳でチューハイの缶を取り出した。味は桃。

「飲まれたいかと思いまして」

「……私の旦那様はよく気が回りますね」

 私は聖の頑強な精神力を思った。

「サラミもありますよ」

「出来過ぎです」

 私は笑うことが出来た。聖と結婚して良かったと思った。

 そして二人だけの宴会を、夜が更けるまで続けた。

 



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