表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
音ノ瀬異国血族編 第三章
185/817

夕暮れと肖像

 私はそれからしばらくの間、叶う限り、聖と楓と共に過ごそうと努めた。

 罪悪感もあり、特に楓をとことん甘やかした。

らしくもなく甘いお菓子を作り、一緒に風呂に入り、髪を洗ってやり、縁側で彼女を膝枕した。蚊が寄って来ないよう、月桃香を焚いて。

 作ったお菓子のパウンドケーキは、行きつけの喫茶店の物の見様見真似だ。さすがにレシピを訊く厚顔にはなれなかった。本を見ながらあの味に近づくよう努力した。仕上がりは本家本元には遠く及ばない。

 それでも楓は美味しいと言って笑ってくれた。

 楓の笑顔は私の宝だ。

 私は楓の口元についたケーキの欠片を取って食べた。

 楓は嬉しそうに、恥ずかしそうに、また笑った。

 ケーキを食べる時も縁側で夕涼みする時も、聖が一緒だった。

 聖の赤い瞳は私に楓とは異なる、恍惚とした喜びを与える。彼がパウンドケーキの一切れを食べる時、その唇の動きを私は目で追った。

 夕涼みの時には楓を膝枕した私の隣にゆったりと座し、水色の奈良団扇で風を送ってくれた。


 私たちは三人で一塊の、家族そのものだった。


 ふと、私たちとは全く様相の異なった家族のことを思う。


 音ノ瀬隼人。大海。磨理そして、隼太。


 どこで彼らはボタンを掛け間違ってしまったのだろう。


 石灯籠の傘に蝉が留まっている。

 樹液があるものと錯覚したのか。


 隼人の悲劇もまた、音ノ瀬本家の在り様に反発し、戦禍に理想が――――蜜があると信じて疑わず、錯覚したところにある。揚句、軍部に利用されて終わった。

 その、自らの悲劇を大海や隼太に言い聴かせた。

 コトノハを服用させたのだ。

 幸いにして大海は父親のコトノハに耐性があったのか、過激思想とは縁なく歳経たが、孫息子である隼太のほうは違った。

 息子を見放した祖父の、呪いのようなコトノハを一身に浴びても、狂わずに理性を保った。驚異的な精神力だ。但しその思想は隼人に近しい過激さを帯びた。

 磨理がもし生きていれば。

 隼太もまだ違ったかもしれない。

 母親の慈しみを知らずして暴走することもなかっただろう。

 大海が狂うこともなかった。

 だがそれは歴史に許されないifだ。


 蝉が飛び立った。茜の空に。透明の、翅を閃かせて。


 私は一つの家族を哀しみで思い遣りながら、楓の頭を撫でた。

 楓はくすぐったそうな顔をして、ころんと頭を反対に向ける。そんな無邪気な甘えも愛らしい。楓の頭の、熱と重みが尊い。


 聖の赤い双眸も和んでいる。


 これ以上ない、夏の夕暮れだった。




挿絵(By みてみん)





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ