夕暮れと肖像
私はそれからしばらくの間、叶う限り、聖と楓と共に過ごそうと努めた。
罪悪感もあり、特に楓をとことん甘やかした。
らしくもなく甘いお菓子を作り、一緒に風呂に入り、髪を洗ってやり、縁側で彼女を膝枕した。蚊が寄って来ないよう、月桃香を焚いて。
作ったお菓子のパウンドケーキは、行きつけの喫茶店の物の見様見真似だ。さすがにレシピを訊く厚顔にはなれなかった。本を見ながらあの味に近づくよう努力した。仕上がりは本家本元には遠く及ばない。
それでも楓は美味しいと言って笑ってくれた。
楓の笑顔は私の宝だ。
私は楓の口元についたケーキの欠片を取って食べた。
楓は嬉しそうに、恥ずかしそうに、また笑った。
ケーキを食べる時も縁側で夕涼みする時も、聖が一緒だった。
聖の赤い瞳は私に楓とは異なる、恍惚とした喜びを与える。彼がパウンドケーキの一切れを食べる時、その唇の動きを私は目で追った。
夕涼みの時には楓を膝枕した私の隣にゆったりと座し、水色の奈良団扇で風を送ってくれた。
私たちは三人で一塊の、家族そのものだった。
ふと、私たちとは全く様相の異なった家族のことを思う。
音ノ瀬隼人。大海。磨理そして、隼太。
どこで彼らはボタンを掛け間違ってしまったのだろう。
石灯籠の傘に蝉が留まっている。
樹液があるものと錯覚したのか。
隼人の悲劇もまた、音ノ瀬本家の在り様に反発し、戦禍に理想が――――蜜があると信じて疑わず、錯覚したところにある。揚句、軍部に利用されて終わった。
その、自らの悲劇を大海や隼太に言い聴かせた。
コトノハを服用させたのだ。
幸いにして大海は父親のコトノハに耐性があったのか、過激思想とは縁なく歳経たが、孫息子である隼太のほうは違った。
息子を見放した祖父の、呪いのようなコトノハを一身に浴びても、狂わずに理性を保った。驚異的な精神力だ。但しその思想は隼人に近しい過激さを帯びた。
磨理がもし生きていれば。
隼太もまだ違ったかもしれない。
母親の慈しみを知らずして暴走することもなかっただろう。
大海が狂うこともなかった。
だがそれは歴史に許されないifだ。
蝉が飛び立った。茜の空に。透明の、翅を閃かせて。
私は一つの家族を哀しみで思い遣りながら、楓の頭を撫でた。
楓はくすぐったそうな顔をして、ころんと頭を反対に向ける。そんな無邪気な甘えも愛らしい。楓の頭の、熱と重みが尊い。
聖の赤い双眸も和んでいる。
これ以上ない、夏の夕暮れだった。




