そちらのあなた
レイニーが護送中に死んだと聴いたのはその数日後だった。
服毒自殺らしい。
私はキャロラインとの電話を終えると、黒い受話器をチン、と置いた。
遣る瀬無い気持ちだった。
今日は楓は学校だ。レイニーの件が一応の落着を見せてから、彼女は久し振りに登校した。もうその必要性もないのだが、恭司の送り迎えは続いている。
私は縁側に出た。素足に木の感触が心地好い。
鳴る釣忍に言寄せる。
「……貴方はそれで満足ですか」
入道雲に蝉の声が聴こえ。
季節はすっかりと夏だ。レイニー。
レイニー。時は巡っている。
けれど貴方は、それが耐え難かったのだな。
時を止めたくて、選んだのだな。
「私と貴方は少し似ている。悲しみに、溺れた点が」
私は太くなった桜の樹の幹と青々と茂る葉を見る。
枝に隼太が留まっている。この烏はいつも気紛れだ。
レイニーに語るコトノハは多くない。
「マリアさんとはお逢い出来ましたか」
返るコトノハは当然、ない。
ただ、石燈籠の横に一瞬、グレーのコートの影が見えた。中折れ帽と共に。
それは本当に一瞬の出来事で、次の瞬間には掻き消えていた。
隼太が、かあと鳴く。
風が吹いて私の髪を揺らした。
目を閉じて黙祷する。
視線を感じて振り向くと、聖が立っていた。玉虫色めいた光沢の青緑の着流し。
赤い色はその衣服にはない、と一瞥して安堵する自分がいる。
聖が撃たれた瞬間とその後のことは、私にはトラウマのようになっていた。
「こと様」
「はい」
聖が跪き、私と視線を合わせる。
この紅玉の色が在る、至福。
「僕と結婚していただけませんか」
ああ、もう逃れられないのだなと思う。
この、私のウサギから。
聖は私の手を取り、手の甲と掌の両方に口づけた。
手の甲にする口づけは敬愛を。
掌にする口づけは懇願と忠誠を。
私は微笑んだ。
「はい」
私の手首にはアール・デコ調の腕時計。
柔らかで優しい風が吹く。
風が吹く。
私の時計兎に貰った大事な時計は、進む時を教えてくれる。
私は再び空を仰いだ。
時は進むのだ。




