逃れた罪びと
「なぜだっ」
境内に響き渡る大音声。
「なぜお前だけが喪った者を取り戻せる! 不公平ではないかっ。したり顔で、道徳を遵守するような振りをしながら」
コトノハは続く。
「羊の皮を被った偽善者! 悪魔めっ」
レイニーの口を夜叉衆が塞ぐ。
しかし彼の言葉は私の胸を抉った。その通り。音ノ瀬家の当主である自負と同時に、私は自分を律する力に秀でている気になっていた。だが所詮は我が身が可愛い凡人であったのだと、自身について思い知らされた。
私は双眸を細める。
「すみません。……黙」
今の心乱れたレイニーになら、黙のコトノハも有効だった。
レイニーは声を発することが出来ず、ただ充血させた目で私を睨むばかり。
その怨念は、受けて然るべきものだろう。
やがてキャロラインとビクターが現れ、レイニーの身柄を引き受けた。近くでことの成り行きを見守っていたのだろう。
ジョージと黄竜もやってきた。二人共、満身創痍、ぼろぼろだ。
黄竜は恐らく、滅呪慟哭が使えないと風に聴き、戦意喪失したと思われる。彼もまた、キャロラインたちに連行された。ジョージもそれについて行く。自分一人、罪を逃れる積りはないらしい。
隼太は見るべきものは見終えたとばかりに、大海と共に去って行った。それを咎め立てする夜叉衆はいなかった。端的に言えばその余裕がなかったのだ。
それから私は再び公民館に取って返し、毒ガスの脅威は杞憂であったことを述べ、避難勧告を撤回する旨、放送した。
夜半の夜叉衆は私の成したことについて何の追及もしなかった。
皆、疲労していた。
私の解散のコトノハで、彼らはそれぞれの家路に就いた。
聖と私も帰宅し、着替えるなりシャワーを浴びるなりしてから、隠れ山まで飛んで楓を迎えに行った。
楓を一度でも見放してしまったことを、私は生涯忘れないだろう。
自分の悲しみに盲目となり、宇宙に縛られるところだった。もし帰還が叶わなければ、楓は聖と二人、私のいない穴を噛み締めながら生きることになったのだ。私は己の罪深さにぞっとした。
「ことさん、あたし、ことさんを待ってたよ。ね? 足手纏いにならなかったでしょう?」
花屋敷で私に飛びついて真っ直ぐ見上げてきた楓に、私は言葉を詰まらせた。
純粋無垢の眼差しに弾劾されるようだった。
ともかくもその夜は祝宴となった。
音ノ瀬隼人の日記も無事、手元に戻り、レイニーは本国に帰されるとキャロラインから電話で聴いた。
俊介が甘鯛と種々豊富な茸を持ってきて、鯛の刺身と茸尽くしの鍋にブルーチーズを切った。厚揚げに出汁と大根おろし、鰹節を掛けた物も合わせた。
白ワインと純米吟醸の栓が開き、秀一郎含めた三兄弟、俊介、聖、恭司、楓、私が漆黒の卓を囲んで飲んで食べた。
私は聖の健やかな顔を盗み見る。
あの時。
永遠に喪ったと感じた恐怖と絶望。
決して忘れないだろう。
楓を置き去りにしようとしたことと合わせて、私は罪科を身に沁みて深く感じていた。
聖の赤い瞳を見るたびに、幸福と、罪の烙印を感じるのだ。




