表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
音ノ瀬異国血族編 第三章
178/817

閉じた環の中で

 見事に晴れた朝だった。

 夜には雨が降ったらしく、庭の草木は濡れている。

 秋晴れの、良い一日となることを予感せずにはいられない。

 そんな朝。

 黒電話ががなり立てた。


 聖はまだ出掛けていない。

 電話に最も近い場所に私がいたのも、何かの運命だったのだろうか。


「はい、音ノ瀬です」

『山田です、ことさん』

 緊迫した俊介の声。

「どうしましたか?」

『レイニーからメールが来ました』

「……内容は?」

『今日の午後六時、ことさんの家の最寄の神社で、滅呪慟哭を処方する、と』

「解りました。俊介さん。貴方は所員の人たちと共に町から出来るだけ離れてください」

『――――出来ません、ことさんたちを置いて』

「お願いです。庇える人数は、少ないほうが良い」

『…………』


 沈黙から俊介が歯噛みしている様子が窺えた。

 己の無力を呪っているのだろう。だが甘い感情で残留されても実際のところ、困るのだ。

 俊介との電話を終えると、聖が横に立って私を見ていた。

 話の内容を悟ったようだ。赤い双眸をひたりと私に据える。


「いつですか?」

「今日の午後六時、姫宮(ひめみや)神社で」


 聖は頷くと、白い羽織袴に着替えるべく部屋に戻った。

 私も手早く彼と同じ格好に着替えると、楓が眠そうに目をこすりながら起きた。

 私の礼装を見て、只事ではないと悟ったらしい。顔色を変えて訊いてくる。


「ことさん、どうしたの? その恰好」

「楓さん。もうすぐ恭司さんが来ます。彼と一緒に、なるべくこの町から遠くに行ってください。隠れ山が良いでしょう」

「――――ことさんは?」


 楓が眉根を寄せて更に尋ねる。


「私にはまだすべきことがあります」

「じゃあ、私も行かない」

「楓さん。聴き分けてください」


「おい、入るぞ」


 恭司が珍しく寝室に入ってきた。いつもは遠慮しているのに。

 楓と私を見る深い眼差しは大人の男に相応しい。


「鬼兎から聴いた。俺は、こいつを連れて行けば良いんだな?」

「はい、お願いします」

「ことさん!」


 私は楓を抱き締めた。羽織袴から立ち上る樟脳(しょうのう)の香りが楓を包む。


「必ず無事に戻ります。事態が収拾すれば連絡して、貴方を迎えに行きます。初めて逢った時のように――――」


 小さな命の塊が、私の腕の中で熱く葛藤している。楓はしばらく私の腕の中で身じろぎもしなかった。そしてしばらく時が経ち。


「待ってる」


 一言、彼女は呟いた。

 その一言のコトノハの重みを胸に、私は楓を恭司に託す。

 私の愛しいひとひらの楓を。


 楓を送り出してから、報せを受けた黒い羽織袴を着た夜半の夜叉衆が続々と我が家に集結した。

 彼らを待機させ、私は私のすべきことの為に外に出る。


 目指すは町の公民館。近年、建て替えられてモダンな建物になった。

 鍵は、報せを聴いて駆け付けたキャロラインたちが開けてくれた。

 こぢんまりとした放送室には、放送用の機材が揃っている。

 私はマイクのスイッチをオンにして、深く息を吸った。

「こちら町内会よりの緊急連絡です。町内において、人体に有毒なガスが発生した可能性があります。地域の皆様におかれましては、素早く町外へ避難の程、お願い申し上げます。繰り返します――――」


 私は偽りのコトノハを、ありったけの力で処方した。偽りも真と聴き違え、一人でも多くの人が避難するように。給水塔に備え付けられた拡声器が、私の声を風に乗せて遠くへ、遠くへと運んでくれる。

 横に立ち、じっとそれを聴いていたキャロラインとビクターにもマイクをオフにしてから声を掛ける。


「貴方たちも避難してください。音ノ瀬の問題は音ノ瀬で処理します」

「音ノ瀬隼人の日記帳が関わっている限り、私たちも当事者よ。見届けます」


 凛として答えたキャロラインの言葉に、私は彼女の覚悟を見定め、ただ頷いた。


 空を走る雲が早い。


 私は家に戻り、集った夜叉衆たちと共に午後六時を待った。

 近隣の住人らが急いで車に乗り、或いは徒歩で家から離れる気配がする。

 それらを聴きながら夕刻まで待つのは、精神的にもくるものがある。

 お昼には胡麻塩お握りを幾つも作り、焙じ茶を淹れて振る舞った。黄色いたくあんと塩の効いたお握りが、身体に活力と気力をもたらす。


 黙々とそれを食べながら、私は藤一郎や晃一郎、秀一郎、玲一や千秋の顔を眺めた。彼らに限らず、夜半の夜叉衆に選ばれた者たちは、その能力の高さゆえに何かと私と接する機会の多い顔触れだ。一人も欠けずにこの局面を乗り切りたい、と私は痛切に思った。


 釣忍がレイニーのコトノハを知らせる。


 こちらはピスコで一杯やっている、と。


 その挑発に、我々一同は鼻白んだ。生きるか死ぬかとこちらが切羽詰まった思いでいるのを知った上で、酒を飲んでいる余裕を(うそぶ)くのだ。


「無視しましょう」


 私は言った。釣忍は、その後は風に鳴るばかり。

 

 やがて約束の刻限がすぐそこまで迫ってきた。





挿絵(By みてみん)






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ